約 30,346 件
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/5482.html
俺のせいだ。全部俺のせいだ。 俺が国家権力に守ってもらえば安心だと安易に考えなければよかった。そうすりゃ、少なくとも森園生は死ななかった。 生死の確認なんかできなかったが、あのケガだ。今頃は…… 「ちくしょう!」 床を叩き、切創から血が滲む。 だが森園生はこの痛みの何百倍も傷ついた。なのに俺は生きている。俺だけが生き残ってしまった。 なぜだ?なぜ俺がこんな目に合わないとならないんだ? そもそも、この物語の始まりは何だ? 母の死?なぜ母が殺された? いままでは殺人鬼の妄想くらいにしか思っていなかった。ならばなぜ森園生が殺される?警官である彼女まで殺す理由がどこにある。 その瞬間、絶対に認めたくないことがアタマをよぎった。まさか!? 「俺……なのか?」 嘘だ。そんなのはありえない。俺はあんな女知らない。素性も接点も知らない女に、なんで狙われなならん。 だがここまで来れば、あの女の目的が俺なのは明らかだ。でもぜったいに認めるわけにはいかない。 だって認めたら、母も森園生も、その他の被害者達でさえ、俺が殺めたようなものじゃねぇか。 俺のせいで死んだ。そんなことあってたまるか! 自分の行いを必死に否定するため無数の言い訳を考え続けていると、ある不可解を感じた。 「ちょっと待て。地下何階まで降ろす気だよ」 いつまで経っても一階に到達しないのだ。 そんなバカな話があるか。さっきは七階まで行くのに一分もかからなかったはずだ。それなのに、延々と自問自答を繰り返していた長時間中に、なぜ着かない。 不審に思い、パネルで現在の階層を確認したが計ったかのように数字は映っていない。どこの三流ホラー映画だ。ベタすぎて寒気がしやがる。 それからさらに数分。地獄の賽の河原に迷い込みそうな気分になったころ、やっとエレベーターがドアを開いた。 「……な!?」 訂正。本当の地獄はこれからだった。 「趣味の悪いリフォームだな」 壁も床も、そして入り口から覗くわずかな空でさえ、極端に彩度を落としたような灰色だった。 念のためインターフォンの真向かいにある管理人室を覗いてみたが、予想どおり無人であった。 勘弁してくれ。なんだよこの超展開。つーかここどこだよ!悪夢ならとっとと目を覚ましやがれ! 誰に見せるでもなく強がってみたものの、膝が正直にガクガクと揺れてしまう俺の姿は、きっと最高にカッコ悪いはずだ。 恐い。恐ろしい。自分が今まで信じていた世界が一変することに、ここまで恐怖を覚えるなんて思ってもいなかった。 だが、今の俺は逃げることもできない。何をやったら元の日常に戻れるのか、皆目見当がつかない。 とりあえず、この手と足に受けたケガの治療をしよう。消毒薬とガーゼと包帯なら、多分コンビニに置いてあるだろう。 手近なコンビニに押し入って、医療用具を無断拝借することに罪悪感を覚えたが、カルネアデスの板である。開き直って食料までいただくことにした。無駄だろうが、代金をレジカウンターに置くぐらいはしておこう。 応急処置と腹ごなしを終え、次なる一手を思いあぐねた。 やはり北高か。朝倉涼子は北高生だし、あの小説の舞台も北高だった。これを偶然の一致だとは思えない。 北高に行けば何かわかるかもしれない。帰る方法も、この世界のこともな。そんな気がする。 痛む足を無理矢理進めることは、非常に体力を消耗するが、普通の人よりいくばくかの時間をかけて、北高校門に到着できた。 この足で、あの坂は辛かった。それにしてもここの生徒は、毎日あれを往復しているのか?絶対何人かは自転車かバイクで登ってるだろ。 俺を誘うかのように鍵のかかっていなかった校門を抜け、昇降口を通り、あっけなく校内に侵入ができた。 ちなみに土足である。今さらこんぐらいの悪事は気にしないからな。どうやら善悪感情がマヒしてるようだ。 さて、ここから先はどうするべきだ? ヒントなんて無いに等しい。あるとすれば、あの小説ぐらいか。 取りあえず、あの物語を追っていこう。となると、主人公のクラスである一年五組に行ってみるか。 ほどなくして一年五組に到着した。 ちなみにこの灰色の北高校舎には誰もいないようだ。人の気配が微塵もしないからな。なかば諦めの境地で各部屋を覗いてみても、やはり人影はなかった。 「……やっぱり誰もいないか」 もちろん、教室は無人だった。まるで学校閉鎖を知らずに登校したバカなガキになった気分だ。 教室に入った瞬間、孤独感と疲労感が同時に押し寄せ、歩く気力すら失った俺を誰が責めようか?とにかく休みたい。 座りたい。その思いだけが俺の筋肉を動かし、いつの間にか窓際後方二番目の席に腰を下ろしてしまった。 もう嫌だ。疲れた。とっとと帰って風呂に入りたい。そして母親の晩飯を喰って、眠りたい。 平凡すぎてつまらない願いだが、今の俺はこれ以上望まない。これだけで良いから叶えてくれ。 だが、それすらも叶わないなんてどうかしている。 なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだよ。それなりに不真面目に生きてきたが、ここまでされるようなことをした覚えはねーぞ。 必死に自分の行いを思い返してみたが、当然、こんな報いを受ける理由など思い浮かばない。 ふざけんな。 ふざけんな。 「ふっざけんじゃねぇ!」 目の前の机が、けたたましい音を立てて、床に接触した。 「一体何のつもりだ!」 腰を下ろしていた椅子を掴む。 ガラスが飛び散る。破片が何粒か服に刺さったが、そんなことはどうだっていい。 「何でだよ!何で俺なんだよ!」 手当り次第に物を掴み、激昂と共に窓ガラスを突き破り、外に投げ出されていく。 途中からはそれすらも面倒になってきたので、椅子や机が校庭へ飛ぶ事は無くなり、代わりに手や足がドンドン真っ赤になっていった。 そうさ。こんなのただの八つ当たりさ。だけど何もできないんだ。だったら八つ当たりくらいさせてくれ。 黒板は割れ、教卓は原型を留めておらず、掃除ロッカーにいたっては元のサイズの半分以下にまで凹んでいる。 ボロボロになった一年五組で一人荒い呼吸で立たずんでいるが、それでも気分が晴れる事は無かった。 ダメだ。こんなんじゃまだ足りない。 壊れた掃除ロッカーのドアを蹴破り、中からトンボ型モップを取り出した。 「うるぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 出入口を叩き割る。 まだだ。俺の血を冷ますにはまだまだ暴れ足りない。 「何もかもぶっ壊してやるよ!」 もうヤケだ。どうにでもなれ。 冬場の冷たい水道水が、両腕の血を洗い流してくれる。 一年五組で気の向くままに暴れ回ったおかげで、やっと疲労で立っていられなくなってくれた。そして周りを見ることが可能になり、自分の所業に一段落がつけられた。 他人事みたいに言うが、竜巻でも起きたのだろうか?やってる途中は一種のトランス状態のために気がつかなかったが、どうやってここまで暴れたんだ? 無事な窓ガラスは一枚だって無く、教室内は傷だらけ。俺自身、両腕両足に内出血のオンパレードである。あー疲れた。 ところで今は一体何時頃だ? 時計はハナっから止まってるのでわからないし、空模様は灰色一色である。 まだ夕方なのか、はたまた真夜中近いのか、それすらもよく分からない。 「……誰だ?」 瞬間、灰色の世界の遠くで、小さな物音が聞こえた。 人がいる!と思ったが、そんな安易な発想は捨てるべきだ。この世界に来た以上、何が起こるかわかったもんじゃない。 モップであった残骸の柄を握り締め、音に目がけて歩みを進めた。「人」だといいね。 一歩一歩進むうちに、物音の正体がわかってきた。それは「泣き声」だ。 はっきり言って怖すぎる。こんな人気も色気もなにも無い場所で泣き声だぜ?嬉しいよりも恐ろしいの方が強すぎる。 それでも気にした以上は確認しなければならない。存在の知らない恐怖より、存在の知れた恐怖である。見ないより見といた方がまだ安全だ。 泣き声に誘われて訪れた場所は、灰色の世界でなければ女生徒とお弁当を食べてみたい気分になりそうな中庭である。 ドアとドアの隙間から泣き声の主を確認してみる。……中学生くらいの女の子か? 見た感じでは、とても俺の命を危険にさせる存在には見えない。しかしここは灰色のホラー空間。何がおきるかわかった物じゃない。 スルーしようと踵を返したが、少女の泣き声だけが耳に残る。 この世界は怖い。めちゃくちゃ怖い。今にも失禁しそうなくらいにな。でもあの少女はもっと恐ろしい気分じゃないのか? 「あーあ、俺も甘いね」 モップを捨て、泣きじゃくる少女の前に出ることに決めた。罠なら速攻で逃げてやる。 「……誰?」 少女と目が合った。散々涙を流してたくせに、俺と出会った瞬間に睨みつけやがった。選択ミスったか? 「俺?この世界にビビリまくってる哀れな高校生だよ」 「あっそう」 それだけ言って、俺の事など頭のCPUから削除したようだ。失礼なガキだな。 「お前こそ、ここで何やってるんだ?散歩ならもっと気色の良い場所を選べよ」 見てみろよ。花だってこんなグレーじゃ愛でる気にもならねぇ。 「どうだっていいでしょ」 よかねぇよ。こんな場所でガキ一人見捨てるなんてできるか。こう見えて俺は結構小心者なんだ。 少女は何も答えない。勘弁してくれ。親の顔が見てみたいね。 「まったく。名前も言えませんなんて、そこらの迷子よりよっぽど性質が悪い」 その瞬間、少女の肩が短く跳ねた気がした。 「まさか……お前、マジで迷子か?」 「……悪い?」 なるほど。この子はしつけがなってないわけじゃない。ただ自分が迷子になってるなんて認めたくないだけか。それを知ると、ただの強がりにしか見えないわけで、あれだね。可愛いね。 「ま、そんなに気にすんな。俺も似たようなもんさ」 「あんた、何て言うの?」 偽名なんか無いし、嘘をつく必要も無いので、正直に本名を名乗った。正直は人間の美徳である。 「ふーん。変な名前ね」 よく言われるよ。ストレートすぎてあまり見ない名前だしな。 「それで君は?ワットユアネーム?」 「ハルヒ。涼宮ハルヒ」 世界が止まった。 ハルヒ?俺が知る限り、涼宮ハルヒはあいつ一人だ。あの黒髪長髪美少女の彼女一人。 そして目の前の少女も涼宮ハルヒだって?同姓同名? 「そうか。よろしくな、ハルヒちゃん」 いや、もう何が来ても驚けない。彼女が涼宮ハルヒなら涼宮ハルヒだろ。 「なにすんのよ。手を下ろしなさい」 カチューシャの上から頭を撫で続ける俺に、彼女が釘を刺してきたが、自分で退かそうとはしない。 大方、寂しかったんだろ。俺でさえ寂しくて発狂したんだし、涼宮ハルヒだって怖かったはずだ。 「さて、ここから出る方法を探すぞ」 だが涼宮ハルヒは俺が引いた手を止め、その場から離れようとしなかった。どうした? 「どうせ闇雲なんでしょ?だったらあたしの捜査に協力しなさい」 こんな場所で何を捜査してるんだか。食べ物の場所か?おもちゃか? 「子供扱いしないで。人よ人。人間!」 子供って。世間じゃ中学生はまだまだ子供だ。ま、高校生も子供だが。 「で、誰を探してるんだ?」 「有希よ。長門有希。あたしの友達よ」 「……長門有希がここにいるのか?」 あの青春小説の作者が、こんな色気の無い場所に? そもそも実在するのか?いや、実際に作品があったのだから当然だが、なんとなくだがペンネームか何かだと思っていた。 涼宮ハルヒ、古泉一樹、長門有希、朝倉涼子、この分じゃ朝比奈みくるにキョンって奴も出てくるかもしれん。 あの小説は実在する人物をモデルにした作品であり、過去に似たようなことが起きたのか? 「どうしたのよ?顔が怖いわよ」 「いや、昔からの癖でな。頭をフル回転させると、どうも顔の筋肉が固まるらしい。ちょっと待てよ。今、ほぐすから」 ほっぺたを掴み、顔面をホームベース状にして……イダダダダ。 「フン……バッカみたい」 ならその笑いを堪えているしかめ面をもっと上手く隠すんだな。 「うっさい!」 って!傷口のある足の甲を踏みつけんなよ!俺じゃなかったらよけれんかったぞ!? 「フン」 不機嫌な顔の割りには歳相応に臆病なのか、彼女は無傷な俺の左手を離さずに前に進んで行った。 歩きながら考えてみた。 あの小説の時期は四月から五月。俺の記憶じゃ涼宮ハルヒと古泉一樹に出会った頃だ。 さっきは実在の人物をモデルにしたと思っていたが、この相違はどういうことだ? あの二人は間違いなく光陽園の生徒で、俺の数少ない友人達だ。……本当にそうなのか?ここまでわけがわからん世界だと、既に俺自身が狂っているなんて考えすら思い浮かんでくる。 実際の俺は、今頃病院のベッドの上で植物状態もしくは、精神に異常をきたした入院患者なのかもしれない。 「……また怖い顔になってる」 いや、そんなことがあるわけない。この手の温もりが妄想とは思えない。 俺の隣で涼宮ハルヒは生きている。それがわかる限り、俺が狂ってるわけがない。 「ハル。ありがとな」 「……急に何?」 俺の存在を証明してくれてありがとう。とは言わないでおいた。 「変な奴……あ、ちょっとまって」 繋いだ手を振りほどき、涼宮ハルヒはいきなり駆け出した。ちょっと待て、転ぶぞ。 「ここ!なんか気になる!」 この世界には似つかわしくない色味の激しい声で指差す部屋は一年五組だった。 どういうことだ?この部屋は発狂しかけた俺が気の向くままに暴れまわったんだ。それなのに初めて訪れた時と全く変わってないじゃないか。 「待て!ハル!」 慣れ親しんだ俺考案ニックネームで呼びかけてしまったが、彼女は気にすることなく教室に入ってしまった。 「ただの人間に興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私の所に来なさい。以上」 教室の真ん中で全生徒の度肝をライフルで射抜くような突飛な自己紹介をしたのは、俺が良く知る髪の長い涼宮ハルヒだった。 だが今さら涼宮ハルヒが二人も現れようと大した事態じゃない。ぶっちゃっけあと20人くらい出てきても驚けねーよ。しかし、 「俺……?」 窓際二列目の席で、涼宮ハルヒをうるさそうに眺めている俺がいた。 「おい!」 理解不能な光景を見たことで、反射的に声を上げてしまった。 その瞬間、窓の外に咲き誇る桜の花が散るかのように、教室は元のグレーな世界に戻った。 違う。あんなのはまやかしだ。俺は北高なんか受験した覚えは無い。 反射的に同行者であり小さな恩人である涼宮ハルヒに目を向けた。 何も見てないと言ってくれ。 気のせいだと言ってくれ。 俺の存在を証明してくれ! 「……ハル?」 教室から涼宮ハルヒが消失していた。 「おい!どこにいるんだ!」 必死になって机をひっぺがえし、ロッカーを乱暴に開けていく。頼む!俺を一人にしないでくれ! 金髪ピアスなヤンキー男子高校生が中学生くらいの女の子に助けを求める姿である。さぞ情け無いだろうが、恐いもんは恐いんだ! 「……くそ。どこにもいない」 絶望が体中を駆け巡り、恐怖で立っていられなくなった。こんなにボロボロなんだ。今さらケツに床埃が着こうが関係ない。 さっきまで感じていた手の温もりが、今は感じられない。 「ちくしょう……」 思わず涙が零れた。 情け無い。俺はいつから迷子のガキに成り下がったんだよ。 「男が泣くな。みっともない」 血染めの袖で涙を拭ったことで、顔に血の跡が着いた。 涼宮ハルヒを探しにいこう。俺だってこんだけビビッてるんだ。あの子だって恐がってるに決まっている。 恐怖を煽る以外には何物でも無いグレーの壁が視界一杯に広がる廊下を歩く。 手がかりはゼロ。しかし本気で恐いがビビるわけにはいかない。 「……どこにいるんだよ」 声にいつもの覇気が無い。かすかにこだまする声が、何だか物寂しい。 俺って、こんなに臆病でみっともなくて、弱い奴だったんだな。改めて実感したよ。 「何を言ってるんだか。俺が強いわけねーだろ」 こんだけダサく立ち振る舞ったんだ。そんな俺が強く清く美しいわけない。 寂しがり屋だし、マザコンだし、短気だし、女に手を上げたし。良いとこねーな俺。最悪だわ。 「ハハハハハ……なんでだろうね。なんかスッゲースッキリした」 大体、本当の強さってなんだ? あぁ、確かにケンカは強いさ。今まで負けなしで通ってきたしな。 でも俺が拳を振り上げるのは、勝つためでもなければ、相手を屈服させるためでもない。 俺がケンカする理由はただ一つ。それは逃げるためだ。 俺に近寄るな。ほっといてくれ。それ以上寄るならぶっ飛ばすぞ。これである。 そうさ。俺は「弱い奴ほどよく吠える」そのまんまだ。あーあ、かっこ悪い。 いくら力が強くても、心が弱けりゃ弱者だ。 じゃあ心の強さってなんだよ。 「んなもんわかるか。わかるくらいなら、俺はこんな弱い人間にはならなかった」 俺は弱い。それでいいじゃないか。 強さ。それは本当に必要な物なのか? そんな実も蓋も無いことを思った時だった。 灰色の空から青白い閃光が煌き、廊下を照らした。 「な、な、なんだぁ!?」 反射的に窓の外を見てしまった事を後悔した。 そこにいたのは蒼く輝く巨人だった。 「嘘だろ……」 目の前の光景が現実であることくらいわかっている。それでも理解なんかしたくなかった。あんなにでかいのに、なんで二足歩行で立てるんだよ。 血の色みたいに赤い目玉と眼が合う。 マズイ。ビビリすぎて逃げることすら忘れていた。 「ぐがぁっ!」 同時に、柔らかい布で覆った灰皿でブン殴られたようなヒドイ頭痛がする。 「な……なんだよ!俺に何をさせる気だ!」 呼吸がマトモにできないほどの痛みだ。もしかしたら言葉にすらなっていないのかもしれない。 蒼の巨人に虚勢のタンカを切ったが、当然、何も答えない。 ―スタンバイ完了。当該既定に基き、これよりダウンロード開始― 心臓が大きく脈動し、意識が遠のいていくことがわかった。 待ってくれ!俺を連れて行くなぁぁぁぁぁぁぁ! 遠のいた意識が戻ってきた。ここはどこだ? 目を開くと、茜色の日差しが差し込む夕方の廊下に立ち尽くしていた。 もう嫌だ。帰りたい。帰ってベッドの下のエロDVD見たい。寝たい。腹減った。 もちろんエロDVDを見て発散することも、食事をすることもできないが、寝ることくらいはできそうだ。 『本当、なにをしに学校来てんだが』 目を閉じようとした時に声をかけれると、なんでこうもイラッと来るのだろうか。 『あいつは何考えてるかわからないから不気味だよな』 さっき聞こえた声とはまた違う声が耳に届いた。 『恐いよね』 蚊の羽音みたいにうるさい話し声だったので、仕方なく目を声の方角に向けてみた。 「……一年五組」 北高一年五組。もう今さら驚きも何も感じないが、ここまで来ると俺とは無関係とは思えない。 わざと聞こえるように話してんのか?戸が開いてるからって丸聞こえじゃねーか。 足を動かすと共に体中から悪寒がダダ漏れしやがる。近付きたくない。でも知らなければならない気がする。 『マジ学校やめてくれないかな。あいつが教室いると息苦しい』 『なに格好つけてんだが』 『あの金髪恐いよ』 その先に続いた単語の名詞に、少しだけ心臓が脈打ったのを感じた。 俺の名前だった。 あの陰口三人組が語る金髪男こそ、俺であった。 今さら驚くことじゃないさ。ここまでくれば俺が北高と無関係なわけが無い。 漫画とかドラマの主人公なら、この教室に乱入するかもしれないが、ビビリでヘタレなチキンな俺である。180度旋回して教室から離れてた。これ以上聞いていたくない。本音である。 「……ちくしょう」 学校を離れ、急坂の下まで歩いたあたりで悔しさが漏れた。 俺はいつからこうなった? 自分本性を見せるのが嫌で、人と接するのが恐くなった。 恐いさ。自分の心を知られ、相手に拒絶されたらって思うと、何もできなくなる。 昔は違った。もっと素直で、捻くれてなんかなかった。 戻れるなら戻りたい。誰にだって分け隔てなく接することができた素直な…… 乗用車のハイビームが顔を照らす。 ボンネットが突き刺さり、フロントガラスを叩き割る。 血が噴き出し、視界を赤く染めている。 朦朧とする意識の中、跳ねられた俺を野次馬が見下ろしているのがわかった。 この世界は正直だ。なにもしなかった人間には、こんな制裁が下される。 世界の素直さを肌で感じながら、全身チューブだらけの包帯姿で寝ながら病院の天井を眺めていた。 「見つけた」 深夜、病室に人の気配が沸いた。 「高い身体能力。一定値以上の破壊願望。現行世界への憎悪と羨望。全て基準値以上」 不自由な姿のせいで視線を向けることができなかったが、圧倒的な存在感を感じた。なにかいる。人間以上のなにかが。 「このプログラムはあなたのような有機生命体が適任」 足音が少しずつベッドに近付き、冷たい手が腹に置かれる。 「防衛プログラム朝倉涼子を止めて」 早口言葉を逆回しで20倍速再生するような声が聞こた。 待て!俺に何をした!?長門有希! もちろん言葉にはならなかったが、叫ばずにいられなかった。 「改変世界の破壊。それに準ずる行動」 わけのわからない発言の後で闇に溶ける直前、長門有希の整った唇が小さくはためいた。 ご め ん な さ い 「俺は……既に死んでいるのか?」 灰色の一年五組で、さっきの現象を思い出していた。 あぁ、全て思い出したさ。俺は光陽園学院なんか行っていない。北高一年五組の生徒だ。 大体、俺の母親に進学校へ通わせられるほどの蓄えがあるわけないだろ。県立高校に行くことだけで精一杯だったのに。 俺はあの日、クラスメイト達の陰口を聞き、学校から逃げ出した。そしてほぼ無意識で車道に飛び出して交通事故にあったのだ。 その後は……覚えてない。気がついたら「ここ」にいた。 ここは地獄でもなんでもなかった。俺がいた世界から書き換えられた新世界だ。 この世界では俺は交通事故にはあってないし、北高生でもない。 それでも元の世界に戻りたいか?この世界にいる限り俺が死ぬこともないし、孤独になることも無い。 居場所だってそれなりにある。母親は既にいないが友人はいる。 元の世界に比べりゃ、こっちの方が魅力的だ。 「……そうじゃない。そうじゃないんだ」 弱くてもいい。何度だって負けてもいい。だけど、現実から目を背けるな。 逃げなきゃいいいんだ。どんなに抗えない敵だろうと、戦わずに逃げるなよ。 元の世界に戻ったら、俺は死んでいるかもしれない。 そりゃあ死ぬのは嫌さ。嫌に決まってるだろ。 でも、ここで逃げたら一生後悔する。それが「この世界で死ぬまで」なのか「元の世界で死ぬまで」の差だ。 「……俺はもう逃げない。決めたんだ」 立ち上がり、教室のドアを開いた。 文芸部室に行けば長門有希がいるはずだ。そこで事の真意を知ろう。 なぜ俺なのか?俺に何をさせるのか?そして……元の世界に帰る方法も。 「俺は……この改変された世界を破壊するためのプログラム・西野太陽。 誰にも文句は言わせない。これが俺の物語だ」 『この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし』 『わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました』 『ちょっと違うような気もするんですが、そうですね、超能力者と呼ぶのが一番近いかな。そうです、実は超能力者なんですよ』 『ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』 『俺、実はポニーテール萌えなんだ』 『あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。多分、大きな情報爆発が観測出来るはず。またとない機会だわ』 『時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです』 『生み出されてから三年間、私はずっとそうやって過ごしてきた』 『煎じ詰めて言えば『宇宙があるべき姿をしているのは、人間が観測することによって初めてそうであることを知ったからだ』と言う理論です』 『いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ』 スピーカーから流れる言葉は、いつもならSFすぎて関心するだろうが、今はこんな状況だ。信じない方がおかしい。 俺がいた場所は退屈でくだらない世界ではない。 何でも知ったフリをした俺がガキだった。 戻りたい。本心だ。 記憶の中から部室棟の居場所を思い出しながら、灰色の校舎を歩き回ること数分。やっとSOS団のアジトがある文芸部へとたどり着いた。 この世界になった前日の深夜、俺は病室で六組の長門有希を見た。 この学校じゃたった一人の文芸部員であり、SOS団のメンバーらしいからな。 ここまで証拠が揃っていて無関係なわけがない。 間違いなく関係者だ。それも黒幕クラスのな。 ノックを四回しても返事がなかった。まぁ、いてもいなくても上がり込むけどな。 ここは便宜上は文芸部室だが、今は涼宮ハルヒ率いるSOS団アジトだ。初めて中を見たが、部室って言うよりは子供の秘密基地に見える。可愛いところあるじゃないか。涼宮ハルヒ。 いた、長門有希だ。窓際のパイプ椅子に腰をかけて、殺人事件の凶器になれそうな本を開いている。 「俺を読んだのはお前か?長門」 「消失世界及び改変世界の同期を確認。西野太陽、あなたを待っていた」 このセリフが出たと言うことは、物語のラストに流れるめでたしめでたしまであと少しだと思っていいのか?あまり鵜呑みにはしたくないが。 「待っていたねぇ。俺もお前には会いたかったよ。もちろん、何でこんなことになったんだと聞く意味でだがな」 交通事故に逢ったはずの俺が元気でいたり、気がついたらこんな色気の無い夢想世界に召喚されちまったことも含めて知らないことだらけだ。 ここまでされて謎を残すなんて出来るか。 「全て話してくれ。何も知らないまま退場なんかしないからな」 「言語では情報に齟齬が生じる。でも聞いて」 「何を今さら。例え涼宮ハルヒが神様と言おうが信じてやるよ」 その通りだった。 「なんだそりゃ。馬鹿馬鹿しすぎて笑えるね」 「真面目に聞いて」 長門有希が声のトーンを少し重たくした。 「聞いてるし信じてるから安心しろ。その上にあんなに探していた宇宙人未来人超能力者が、こんなに近くにいたとはな」 こんな面白い話あるかよ。ああ、ここにあるのか。 「今、私たちが存在している空間は、涼宮ハルヒの情報創造能力で私が構成した情報空間。改変世界の裏側に存在する」 情報空間に改変世界。まず間違いなく、こんな事態でなければ聞く機会など無かったであろう単語だ。 「お前らが今まで何をしてきたかはわかった」 大筋だけ理解したが、壮大すぎる。こんな状況でなければ誰も信じないだろうね。まさかこんな狭い部屋が世界の命運を握っていたなんてな 「重要なのは「今」だ。一体、今なにが起きているんだ?」 俺の蘇生と母の死。 防衛プログラムと破壊プログラム。 連続殺人鬼朝倉涼子。 小さな涼宮ハルヒと灰色の世界に蒼い巨人。 この全てを繋げなければ、この物語は終わらない。終わらせない。 「防衛プログラムと破壊プログラムとはなんだ?」 朝倉涼子と長門有希が発していた二つのプログラムの存在理由がこの世界の核である。これを知らなければならないはずだ。 「防衛プログラムは、選択権を持つ彼を殺害し、改変世界を防衛することが目的。それを防ぐために破壊プログラムを探索していた」 破壊プログラムと発した瞬間、長門有希は俺に目をくれた。 「破壊プログラムが存在する限り、朝倉涼子は鍵である彼を殺せない」 おいちょっと待て。それじゃあ、 「朝倉涼子の殺人は、破壊プログラムであるあなたを見つけるために行なわれた選別作業。数あるパターンの中で、破壊願望を爆発できる人物を……」 「ふざけんな!」 木目の天板が、握り拳の一撃で叩き割れた。 「俺の母親は、そんな下らない理由で殺ろされたのか!?」 長門有希の語る真相は俺には理解しがたいものだった。 朝倉涼子がなぜ連続殺人を行ったか。それは大切な存在を奪われ、復讐の念に捕われるほどの強い破壊願望を持てる人物を探すためだ。 「改変世界の中で、朝倉涼子が破壊プログラムと判断した人物は10人。彼女はその中から、あなたを見つけた」 そう「選別」だったのだ。朝倉涼子はひよこのオスとメスを判断する作業を行なうくらいの気分で人を殺し、俺に辿り着いた。 「じゃあ何か?!お前は俺と朝倉に殺し合いさせて、高見の見物かましてたってのか?!」 俺が朝倉涼子を止め、キョンに選択させる。それが世界を破壊した長門有希の義務であり、俺の役割だ。 「SOS団のある世界を守るためには必要なこと」 「それがくだらないって言ってるんだよ!」 長門有希は俺が朝倉涼子へ復讐を決意するために、俺の母親を殺したと言ってるようなものだ。 そうしなければ、母の死を目の当たりにした俺が防衛プログラムである朝倉涼子とカチ合わない。 「お前の言う「世界」ってのは、そこまでして守る価値がある物なのか!?」 俺は絶対に認めない。誰かの犠牲の上で成り立つ世界なんか間違っている。 それでもこいつはやったんだ。自分の尻拭いを俺とキョンにさせるためにな。 「なにがプログラムだ!お前に取っちゃゲームみたいな物かも知れないがな、俺に取っちゃ現実以外の何物でも無いんだよ!」 母親が惨殺された姿なんて一生物のトラウマだ。二度とハンバーグ喰えそうにねーよ! 「問題ない。彼が脱出プログラムを作動し、時空を改変すれば時間軸の書き換えが行なわれる」 問題ない?それでアフターケアのつもりか! 「俺の感情や激昂はどうなる!これを無かったことにできるほど俺の魂は腐っちゃいないんだよ!」 全てキレイサッパリ忘れろってか?冗談じゃねぇ!俺のせいで死んだ母親と、俺のために死んでくれた森園生を忘れるなんてできるか! だが、長門有希は俺を本気で理解できないのか、黒曜石の瞳を動かすことなく凝視している。 その姿が異様に機械的に見えたせいか、俺の中の攻撃性がドンドン剥き出しになっていく。 「おまえにわかるのか!?唯一の肉親を失った気持ちが!命張って助けてくれた恩人を見捨てた気持ちが!わかるわけないよな!無から生まれた心無い人形風情なんかに、人間の気持ちなんて理解できるか!」 おいこら何とか言ってみろよ。お得意の理解不可能な超言語で解説でも弁明でも反論でもしてみろよ。出来るもんならなら! 「……私には、あなたが興奮する理由が理解できない。でも、あなたが激昂していることはわかる」 んなもん見りゃわかるだろうが。ふざけてんのか? 「私は人間の倫理の一線を越えてしまったと思われる。謝罪する」 誰が見てもわからんだろうが、わずかばかり頭を傾けた気がした。 「で、俺になにをさせる気だ」 少しでもドーパミンを鎮めようと、足を割れた天板に投げ出す。宇宙人側の願いを聞いてやるなんて癪だが、俺が無事に帰るためには、こいつらの言う事を聞かなきゃならん。あー、ムカつく。 「あなたに依頼する事は一つ。防衛プログラムである朝倉涼子の破壊」 どうやら今度は俺を殺人鬼にするつもりらしい。 「なんで俺なんだ。お前がやればいいじゃねーか。自分の尻くらい自分で吹けよ。それができなきゃ最初っからやるな」 俺は今までケンカや無免許運転等、結構な悪事をやってきたが、殺人なんかしたことはない。それが人間の一線を超えた行為であることくらいわかるさ。 「私が情報操作を行えるのはこの空間だけ。それは朝倉涼子も同様だが、彼女は防衛プログラムの役割りを担う為、常人よりも身体能力を高く設定した」 知ってるさ。ナイフで弾丸弾き落としてたしな。 「朝倉涼子を止めることができる存在は、彼女と対なる存在として改変世界にインストールされたあなただけ」 買いかぶりすぎだ。俺はどこにでもいるエセヤンキー生徒であり、間違っても世界の命運を握るようなタマではない。自分がスーパーヒーローになれないことくらい自分が一番よくわかっている。 「信じて」 黒曜石の輝きが真っ直ぐに俺を射抜く。 「こんな作り物の世界、クソだ。だからお前らの望むように動いてやるよ。だがな、これだけは聞かせろ」 「何?」 「決まってるだろ。なぜお前がこんなことをしたか、だ。なぜ全てをリセットするマネをしたのに、俺を使って修正なんかする。明らかに矛盾してるだろうが」 リセットボタンを押してセーブデータを消した本人が、今度はわざわざデータを修復している。 途中で過ちに気付いたからか?違うね。だったら事前に防衛プログラムと破壊プログラムを仕込むわけがない。 長門有希は最初っから俺と朝倉涼子が激突することを決めていた。そうとしか考えられない。 「それは……」 言いよどむ様に虚空を睨んでいる長門有希の仕草に、少しだけ罪悪感を覚えた。俺は学校の先生には向いてないのかも知れない。 「朝倉涼子は私の利己主義によって再構築された存在。私は全ての現象を破壊したかった。しかし絶対に防衛すべきとも思考した。……なぜ?私には理解できない」 知るかよ。と言いたかったが、俺の類まれ無いほどに発達しシックスセンスが答えを見つけてしまった。 朝倉涼子が創造されたのがエゴだと言った。なら俺は? そう、俺は長門有希の良心なのだ。 長門有希の心の中には、確かに全てを破壊したくなるような負の感情が備わっていた。だがそれを許さない正の感情もあったはずだ。 だから俺をここに呼び寄せた。 エゴを止めるために。 良心を信じるために。 っち、憎悪の感情が薄れちまったじゃねーか。 「もうわかった。俺はお前の科した役割を全うしてやるよ」 朝倉涼子を止める。そうしなければ俺は現実には帰れないし、腹の虫も治まりそうも無い。 「朝倉はどこにいる」 ターゲットがどこにいるか分からなければ朝倉涼子を止められるわけがない。今はノリよりも確実な情報原だ。 「そのまま一年五組に戻って。扉を開けば改変世界の一年五組に繋がる。朝倉涼子はそこで彼をを削除する準備をしている」 便利な上に分かりやすい展開で助かる。そしてラスボスは準備万端ってか。こっちは満身創痍だってのに。時代遅れのカニ歩きファミコンRPGみたく、直前で体力気力暴力を全力で全回復してはくれないだろうか。 割れた天板から足を除けて立ち上がり、入り口の前まで歩き出す。 「だが長門、一つだけはっきりしておく」 ドアノブに手をかけた瞬間、変わらずパイプ椅子に腰掛ける長門有希に目をくれた。ああ、これだけは言っておかないとならない。 「俺は、俺の世界を守るんだ。お前らの世界じゃない。俺の世界だ」 誰のために動くのか。それはSOS団なんてちっぽけな存在じゃない。俺が信じる俺の魂のために動くんだ。 「……こんなこと、人形のお前には理解できないかもしれんがな」 結果的には大差無いが、心情的には大違いだ。俺は俺の魂を信じる。それだけだ。 「そう……かもしれない」 それだけ言って、長門有希は言葉をつぐんだ。 代わり映えの無い灰色の廊下を歩いているが、心情はさっきとまるで別だ。 この廊下を歩き、朝倉涼子と対峙した時。俺は朝倉涼子を殺すことができるのか? やらなきゃならんのだ。できなかったら、俺が朝倉涼子に殺される。 「……そんな簡単に割り切れねーよ」 裏ポケットから煙草のソフトパックを取り出す。おっし。まだ残ってるな。 とりあえず中身を一本くわえ、灯を灯す。一服ぐらいさせてくれ。こっちは色々情報詰め込みすぎてCPUがオーバーヒート気味なんだ。 仮に朝倉涼子を殺せたところで、俺はどうなるんだ? キョンが元の世界を選ぼうが、俺の交通事故がなかったことになるわけがない。 あれはこの世界とは全く関係ない俺のミスだ。今はそれなりにピンピンしているが、気が付いた時には病院のベッドに戻っているかもしれない。 いや、それならまだラッキーだ。あの事故だ。元に戻った瞬間、死ぬ可能性だってある。 だからって逃げ出すわけにはいかない。ビクついて芋引くくらいなら、男を見せろよ。 一年五組への道のりは距離で言えば短かったが、体感的には呆れるほどに長く感じられた。 死刑直前の囚人が十三階段を登る気分はこんな感じだろうか。演技でも無いが、これしか思いつかない。 「……もういい。考えたところでどうにもならない」 前に。一歩でも前に。引いたところで俺の足元には崖しか無いのだから。 だったら飛び込んでやるよ。 煙草を靴底で揉み消し、肺に新鮮な空気を送りこむことで気分を入れ替える。 「いくぜ。朝倉ぁ!」 引き戸をブチ破る力強い蹴りが放たれた。 第四章へ続く
https://w.atwiki.jp/otomadstar/pages/566.html
▽タグ一覧 おじいちゃん モブキャラ 涼宮ハルヒの憂鬱 音MAD素材 ニコニコで【管理人(涼宮ハルヒの憂鬱)】タグを検索する 概要 朝倉涼子のすんでいたマンションの管理人
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/896.html
『ハイアーザンザスノウ』 [第1章] ハッキリ言おう。これは事件だ。 俺が今まで出会ったのは2回。正確な意味では2回じゃないんだが、 おそらくこの回数に間違いは無いだろう。 1回目は教室でクラスメートとして。 2回目は教室でクラスメートとして。 1回目の教室と2回目の教室の間には世界なんつー隔たりがあるわけで、この言い方は混乱しか呼ばないわけだが。 さもありなん、何せ今1番混乱してるのは俺だ。 世間的には外国に転校して、事実的には消滅したはずのお前。 ついでに言えばそのあと蘇って、蘇った事実ごと消えた。 そのついでに言うなら、その2回とも俺はコイツのナイフで死に掛かってるわけだ。 俺は黙して語らずの姿勢を貫く長門を横目に、というか盾にでもしそうな勢いで。 コタツをはさんで向かいに座った朝倉をにらんでいる。 ここまでのことをかいつまんで説明しよう。また話がさかのぼるのは面倒だろうからな。俺が。 教室に突然来訪した異邦人、朝倉涼子。 特に反応をしてくれない長門に不安を覚えつつも、見つかっちゃまずい。特にハルヒには絶対に見つかるわけにはいかないので、 場所を変えて、長門のマンションに行こうと提案した。 朝倉は何か言いたげな含みある微笑(あえて言うなら可愛げな微笑だった)を浮かべながら随い、 長門も反応も無いなりに、本を閉じて立ち上がったのでそのまま移動することになった。 ハッキリ言ってここにくるまでの大変だったことと言ったら、新撰組の襲撃を恐れる池田屋主人の気分だったさ。 とにかく俺と朝倉の間に長門がくるように、常に気を張りながら、 なおかつ特に何もできないなりに朝倉の一挙手一投足を監視しつつ、俺の精神と集中力が問題を投げ出す寸前に長門の部屋についたわけだ。 そして今の状況に至る。 3人でスイッチの入ってないコタツに入ってむっつりと(してるのは俺だけで、朝倉は微笑みを、長門はいつもの無表情をうかべている)にらみ合っている。 「・・・・で、結局お前はなんなんだ?」 「なんなんだ、は酷いんじゃないかなぁ。 確かに的確な表現と着眼点ではあるんだけどね」 なんなんだ以外に聞きようがあるとしたら、もう少し言葉を選ぶさ。 でもな朝倉。人じゃないものが消えて、またふいに出てきたらお前はなんて質問できるというんだ。 仮にできたとしても質問の内容自体は大差無いはずさ。 「そうだなぁ・・・・ うん、わかりやすくするとね、急進派であるところの私の操り主が大きく意見を変えたの。 その結果、長門さんのところと和解・・・・というか抑える理由がなくなったの。害が無いと判断されたから」 とつとつと語り始める朝倉。 ちょっと待て、つまりお前のところの親玉が俺を殺すのを止めて、長門の親玉と敵対するのを止めたから謹慎が解けたってのか? そんな簡単にいくのか。というか変わるもんなら俺に襲い掛かる前に思い直してもらいたかったね。 情報統合思念体とやらも大した事無いな。無論皮肉だ。 「朝倉涼子は、ほぼ以前の形態をもって再構成された。 ・・・・・しかしその存在の目的が、なんら危害を加えないために問題視されていない」 長門が裏付けるように続けた。もともと仲が悪いわけじゃないんだろうか?この2人は。 というか仲がよかったりというのもどの程度何がおこなわれたらなのか想像がつかないわけだが。 「・・・・つまり、朝倉は危害を加えない。安全だから戻ってきた。ってことか?」 「・・・・・・そう」 長門は、一瞬だがためらいというか、なんとも言えない苦味を1ミリ秒以下で味わったような顔をしていた。 しかし今もっとも気になるのはそこじゃあない。 「で、今度は何のためにきたんだ? わざわざ目的なしに戻ってきたわけじゃ無いんだろ?」 「秘密。って言ってもいいんだけどね。 あまりあなたを不安にさせるのも、長門さん側の信用を失うことになるから良くないのよね。 ・・・実はね。私、恋をしにきたの」 あまりの出来事に言葉を失った、なんて大げさなもんじゃない。 今俺が感じてるものを的確かつ具体的に表せる言葉がひとつだけある。 いや、もしかしたらもっとあるのかもしれんが、俺のつたないボキャブラリーにはこれしかなかったんだ。 ワケがわからん。 狐につままれたんならまだマシなほうだろう。 今の俺は目の前を飛び交うハエを手ではらったら、そのハエにやめなさいとえらく真摯な様子で言われたぐらい呆然としている。 たぶん今の俺からなら気づかれないうちに100CCぐらいは献血できるんじゃないだろうか。 ・・・・・恋を『しにきた』という部分に対する哲学的かつ心理的な言及はこの際さて置いてもいい。 普段の俺ならその点に関して4分は話せる引用文と講釈を考えた上で「アホか」の一言で済ますが、 相手が統合思念体という人類をはるかに超越した能力と歴史を持つ存在であるため済ますわけには行かなかった。 正直な話、信用もできないしな。 「・・・・意味がわからん。 もう少しわかりやすく説明してくれ。あと長門。 もし朝倉の言葉に嘘があったら容赦なく言ってくれ、俺のために」 「今のところ、朝倉涼子の言葉に嘘は無い」 否定してくれればいいものを、長門はうっかりにも肯定してくれちまった。 「あははは、そうね。わからないのもわかるわ。 でもね、人間でない私がわざわざ恋をするメリットがあるからこそ、私は今ここにいるのよ」 前置きはいいから早く内容について語ってくれないか。 理解不能のメーターはとっくに振り切っちまってるんだ。 「ふふ、そうね。 端的に説明するなら、私は今回、あなたのデータ収集を目的に動いてるの。 目的が涼宮さんでなく、さらにデータの収集のみにとどめる。 そして解析した後で長門さんの操り主にも共有するのよ。 ・・・ね?無害な上に長門さんが許してくれるだけの理由でしょ?」 頭がどうにかなりそうだった。というのは言いすぎだろうか? 2回も俺に止めを刺そうとしたこのステキ眉毛は、俺のデータを集めるために戻ってきたと言ってやがる。 念のために長門に目配せをしてみると、ただコクリと頷くだけだった。 それだけで俺は理解した。朝倉が言ってる事に、なんら偽りの内容が含まれて居ないことを。 同時に驚愕した。長門・・・いや、長門の操り主とやらがそれを承諾したのだ。 俺は、たいした監視も無しにその気になれば一瞬で俺を殺せるであろう朝倉に調査されることになるわけだ。 少なくともこの瞬間、俺の脳裏に浮かんだ予想図では、物陰からコソコソとこちらを覗う朝倉涼子の姿が浮かんだ。 前科があるだけに恐ろしく怖い。恐ろしく怖いのだ。 頭痛が痛いってのが日本語的に間違いだろうが、今の俺にはそれ以外の形容詞は見当たらず、 もう少し現文の勉強をしておけばよかったなどと意味不明な現実逃避に浸っている次第だ。 長門は押し黙ったままどこでもないなりに近場の一点を見つめている。 と言ってもその一点が存在しないというモラトリアムなわけだが。 今の俺には、不安と安心がある。 ひとつは、朝倉涼子が今後俺に付きまとうであろうこと。 ひとつは、押し黙った長門が、少なくとも危険だと俺に告げていないこと。 明日は木曜。今日は水曜。 朝倉はまたクラスに戻ってくるんだろうか? だろうな。監視だろうが調査だろうが近いに越したことは無いだろうし。 不自然ではあるが元の鞘、ってヤツだ。 だがここで忘れてはいけないことがある。 『不自然』なんだ。 自然じゃないことを不自然と言う。 そして不自然は普通じゃないことがほとんどだ。 ここまで言えば俺の苦労も察してくれるだろう。 『普通じゃないこと』が大好物なヤツは朝倉涼子が戻ってくるであろうそのクラスにいるのだ。 そして俺は、なぜかアイツが喜んでるときに疲れる星のめぐりになっている。 なっていたんだ。どうせ今回もそうだろう。 なぁ長門。 もしお前が少しでも俺に心を開いてくれてるんなら。 俺を守っちゃくれないか? どっちからとは言わんが。 [第1章 終]
https://w.atwiki.jp/datui/pages/108.html
第一回放送(クロス第23話まで)の死亡者 名前 殺害者 話 死因(凶器) キョン子 赤木しげる クロス第2話 射殺(サイレンサー付き拳銃) 渚カヲル 赤木しげる クロス第2話 射殺(サイレンサー付き拳銃) 古泉一樹 長門有希 クロス第3話 刺殺(鎖鎌) タケシ ランキング作成人 クロス第4話 斬首(斧) 初音ミク ルイージ クロス第8話 撲殺(リボルバー) 峰岸あやの ルイージ クロス第8話 射殺(リボルバー) ゾフィー 柊つかさ クロス第10話 撲殺(石) ギャバン 相羽シンヤ クロス第11話 撲殺(金属バット) 柊かがみ 柊かがみ クロス第12話 射殺(拳銃) マサキ・アンドー マリオ クロス第13話 転落死(素手) 阿部高和 朝倉涼子 クロス第14話 刺殺(アイスピック) スバル・ナカジマ ドラス クロス第17話 射殺(サブマシンガン) ドラス 赤木しげる クロス第17話 爆殺(手榴弾) 高良みゆき 泉こなた クロス第18話 刺殺(カッターナイフ) 修正したあとすぐ熱血~狂気のKX.Hw4puwg 長門有希 クロス第19話 射殺(ボウガン) ミオ・サスガ 長門有希 クロス第19話 斬殺(鎖鎌) 南夏奈 相羽シンヤ クロス第20話 撲殺(金属バット) 風見志郎 東方不敗 クロス第22話 頸動脈切断(素手) 以上18名 おまけ 名前 最後の言葉 キョン子 「や、やめろ……。やめてくれ、アカギ! こんなのおかしいよ!」 渚カヲル (なし) 古泉一樹 「長門さん……なぜ……?」 タケシ 「おい! 正気か!? お前人間じゃねえ!?」 初音ミク 「殺してなんか」 峰岸あやの (なし) ゾフィー 「この程度のフェイクも見抜けないとは……不覚……」 ギャバン (く……ここまでか……。済まない、ユーゼス……。お前だけでも生き延びてくれ……。 お前の科学の力なら……きっと首輪を外してこのプログラムを……!) 柊かがみ 「私なんか、一人寂しく死ぬのがお似合いだよね……」 マサキ・アンドー (ふ、ふざけるな! こんな間の抜けた死に方なんてあるか! どうせ死ぬんだったら、もっとかっこよく……!) 阿部高和 「イイ……オト……コォォォォォ!!」 スバル・ナカジマ 「ドラス……!」 ドラス 「あああああああああ!!」 高良みゆき 「あ……れ……? 何だか、急に眠くなってきました……。寝ている場合ではないのに……。 すいません……。少しだけ、少しだけ眠らせて……」 修正したあとすぐ熱血~狂気のKX.Hw4puwg 「ミオちゃん、助け……」 ミオ・サスガ (生まれ変わったら……今度こそお笑いの星になりたいなあ……) 南夏奈 「はっ、こんなくだらないプログラムに素直に従ってる時点で……十分アホだよ」 風見志郎 「!!」 第二回放送(クロス第40話まで)の死亡者 名前 殺害者 No. 死因(凶器) 涼宮ハルヒ 赤木しげる クロス第24話 射殺(スナイパーライフルによる狙撃) キョン 赤木しげる クロス第24話 射殺(スナイパーライフルによる狙撃) 朝倉涼子 ルイージ クロス第26話 斬殺(鉈) チンク 柊つかさ クロス第30話 焼殺(火炎放射器) 桂ヒナギク 赤木しげる クロス第32話 射殺(サブマシンガン) 滝和也 相羽シンヤ クロス第33話 撲殺(バット) 門倉雄大 ルイージ クロス第34話 斬殺(鉈) 相羽シンヤ 城茂 クロス第36話 全身全霊を賭けた首輪破壊 城茂 相羽シンヤ クロス第36話 撲殺(鉄パイプ) 泉こなた 岩崎みなみ クロス第37話 刺殺(包丁) ルイージ 長門有希 クロス第38話 斬殺(鎖鎌) 長門有希 柊つかさ クロス第38話 斬殺(鎖鎌) 以上12名 おまけ 名前 最後の言葉 涼宮ハルヒ 「もしも生まれ変わったらさあ……また私と一緒にいてくれる?」 キョン 「お前が望むならな」 朝倉涼子 「え?」 チンク 「か……って……くれ……」 桂ヒナギク 「そう……。でも、どっちでも……いいわ……。あんたの言うとおり……私はもう……死ぬんだから……。 ご……め……キョン……く……。仇……う……て…………」 滝和也 「やべえ! 逃げ……!」 門倉雄大 「があっ!」 相羽シンヤ 「やめ……!!」 城茂 「勝……て……」 泉こなた 「あ……が……」 ルイージ 「ぎゃあああああ!!」 長門有希 (あと一人……。あと一人殺さないと……。あと一人で……涼子と……) 最終話(クロス最終話まで)の死亡者 名前 殺害者 No. 死因(凶器) マリオ 岩崎みなみ クロス第43話 刺殺(ハサミ) 南光太郎 6/ クロス第43話 射殺(アサルトライフル) ランキング作成人 赤木しげる クロス第44話 射殺(スナイパーライフル) ユーゼス・ゴッツォ 赤木しげる クロス第44話 射殺 岩崎みなみ 赤木しげる クロス第45話 射殺(サブマシンガン) 朝比奈みくる 柊つかさ クロス第45話 刺殺(コンバットナイフ) 柊つかさ 朝比奈みくる クロス第45話 最初で最期のみくるビーム 赤木しげる 6/ クロス第46話 射殺(大型拳銃) 6/ 6/ クロス第46話 射殺(自殺) 以上9名 おまけ 名前 最後の言葉 マリオ 「OH……NO……」 南光太郎 「なん……で……」 ランキング作成人 「ア……カァ……ギィィィィィ!!」 ユーゼス・ゴッツォ 「この……外道がぁ……!」 岩崎みなみ (なし) 朝比奈みくる 「みくる……ビー……ム……!」 柊つかさ 「え……?」 赤木しげる (ここまで来て、この程度の凡夫に負けるか……。まあ、それも悪くない……) 6/ 「俺も、そっちに行くよ。お前がいないんじゃ、生きててもしょうがないからな」 殺害数ランキング 順位 名前 殺害数 殺害したキャラ スタンス 状態 X位 八雲紫 X人 沢山の悪党 大東亜共和国救世主 生存 1位 赤木しげる 9人 キョン子、渚カヲル、ドラス、涼宮ハルヒ、キョン、桂ヒナギク、ランキング作成人、ユーゼス・ゴッツォ、岩崎みなみ マーダー 死亡 2位 長門有希 4人 古泉一樹、修正したあとすぐ熱血~狂気のKX.Hw4puwg、ミオ・サスガ、ルイージ マーダー(奉仕) 死亡 2位 ルイージ 4人 初音ミク、峰岸あやの、朝倉涼子、門倉雄大 マーダー(優勝) 死亡 2位 柊つかさ 4人 ゾフィー、チンク、長門有希、朝比奈みくる マーダー(優勝) 死亡 2位 相羽シンヤ 4人 ギャバン、南夏奈、滝和也、城茂 マーダー(優勝) 死亡 6位 6/ 3人 南光太郎、赤木しげる、6/ 情緒不安定 死亡 7位 岩崎みなみ 2人 泉こなた、マリオ 錯乱 死亡 8位 ランキング作成人 1人 タケシ 生還 死亡 8位 柊かがみ 1人 柊かがみ 自殺志願 死亡 8位 マリオ 1人 マサキ・アンドー 混乱 死亡 8位 朝倉涼子 1人 阿部高和 脱出 死亡 8位 ドラス 1人 スバル・ナカジマ 錯乱 死亡 8位 泉こなた 1人 高良みゆき 正義 死亡 8位 東方不敗 1人 風見志郎 主催 生死不明 8位 城茂 1人 相羽シンヤ 対主催 死亡 8位 朝比奈みくる 1人 柊つかさ 正義の味方 死亡
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip/pages/5878.html
俺のせいだ。全部俺のせいだ。 俺が国家権力に守ってもらえば安心だと安易に考えなければよかった。そうすりゃ、少なくとも森園生は死ななかった。 生死の確認なんかできなかったが、あのケガだ。今頃は…… 「ちくしょう!」 床を叩き、切創から血が滲む。 だが森園生はこの痛みの何百倍も傷ついた。なのに俺は生きている。俺だけが生き残ってしまった。 なぜだ?なぜ俺がこんな目に合わないとならないんだ? そもそも、この物語の始まりは何だ? 母の死?なぜ母が殺された? いままでは殺人鬼の妄想くらいにしか思っていなかった。ならばなぜ森園生が殺される?警官である彼女まで殺す理由がどこにある。 その瞬間、絶対に認めたくないことがアタマをよぎった。まさか!? 「俺……なのか?」 嘘だ。そんなのはありえない。俺はあんな女知らない。素性も接点も知らない女に、なんで狙われなならん。 だがここまで来れば、あの女の目的が俺なのは明らかだ。でもぜったいに認めるわけにはいかない。 だって認めたら、母も森園生も、その他の被害者達でさえ、俺が殺めたようなものじゃねぇか。 俺のせいで死んだ。そんなことあってたまるか! 自分の行いを必死に否定するため無数の言い訳を考え続けていると、ある不可解を感じた。 「ちょっと待て。地下何階まで降ろす気だよ」 いつまで経っても一階に到達しないのだ。 そんなバカな話があるか。さっきは七階まで行くのに一分もかからなかったはずだ。それなのに、延々と自問自答を繰り返していた長時間中に、なぜ着かない。 不審に思い、パネルで現在の階層を確認したが計ったかのように数字は映っていない。どこの三流ホラー映画だ。ベタすぎて寒気がしやがる。 それからさらに数分。地獄の賽の河原に迷い込みそうな気分になったころ、やっとエレベーターがドアを開いた。 「……な!?」 訂正。本当の地獄はこれからだった。 「趣味の悪いリフォームだな」 壁も床も、そして入り口から覗くわずかな空でさえ、極端に彩度を落としたような灰色だった。 念のためインターフォンの真向かいにある管理人室を覗いてみたが、予想どおり無人であった。 勘弁してくれ。なんだよこの超展開。つーかここどこだよ!悪夢ならとっとと目を覚ましやがれ! 誰に見せるでもなく強がってみたものの、膝が正直にガクガクと揺れてしまう俺の姿は、きっと最高にカッコ悪いはずだ。 恐い。恐ろしい。自分が今まで信じていた世界が一変することに、ここまで恐怖を覚えるなんて思ってもいなかった。 だが、今の俺は逃げることもできない。何をやったら元の日常に戻れるのか、皆目見当がつかない。 とりあえず、この手と足に受けたケガの治療をしよう。消毒薬とガーゼと包帯なら、多分コンビニに置いてあるだろう。 手近なコンビニに押し入って、医療用具を無断拝借することに罪悪感を覚えたが、カルネアデスの板である。開き直って食料までいただくことにした。無駄だろうが、代金をレジカウンターに置くぐらいはしておこう。 応急処置と腹ごなしを終え、次なる一手を思いあぐねた。 やはり北高か。朝倉涼子は北高生だし、あの小説の舞台も北高だった。これを偶然の一致だとは思えない。 北高に行けば何かわかるかもしれない。帰る方法も、この世界のこともな。そんな気がする。 痛む足を無理矢理進めることは、非常に体力を消耗するが、普通の人よりいくばくかの時間をかけて、北高校門に到着できた。 この足で、あの坂は辛かった。それにしてもここの生徒は、毎日あれを往復しているのか?絶対何人かは自転車かバイクで登ってるだろ。 俺を誘うかのように鍵のかかっていなかった校門を抜け、昇降口を通り、あっけなく校内に侵入ができた。 ちなみに土足である。今さらこんぐらいの悪事は気にしないからな。どうやら善悪感情がマヒしてるようだ。 さて、ここから先はどうするべきだ? ヒントなんて無いに等しい。あるとすれば、あの小説ぐらいか。 取りあえず、あの物語を追っていこう。となると、主人公のクラスである一年五組に行ってみるか。 ほどなくして一年五組に到着した。 ちなみにこの灰色の北高校舎には誰もいないようだ。人の気配が微塵もしないからな。なかば諦めの境地で各部屋を覗いてみても、やはり人影はなかった。 「……やっぱり誰もいないか」 もちろん、教室は無人だった。まるで学校閉鎖を知らずに登校したバカなガキになった気分だ。 教室に入った瞬間、孤独感と疲労感が同時に押し寄せ、歩く気力すら失った俺を誰が責めようか?とにかく休みたい。 座りたい。その思いだけが俺の筋肉を動かし、いつの間にか窓際後方二番目の席に腰を下ろしてしまった。 もう嫌だ。疲れた。とっとと帰って風呂に入りたい。そして母親の晩飯を喰って、眠りたい。 平凡すぎてつまらない願いだが、今の俺はこれ以上望まない。これだけで良いから叶えてくれ。 だが、それすらも叶わないなんてどうかしている。 なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだよ。それなりに不真面目に生きてきたが、ここまでされるようなことをした覚えはねーぞ。 必死に自分の行いを思い返してみたが、当然、こんな報いを受ける理由など思い浮かばない。 ふざけんな。 ふざけんな。 「ふっざけんじゃねぇ!」 目の前の机が、けたたましい音を立てて、床に接触した。 「一体何のつもりだ!」 腰を下ろしていた椅子を掴む。 ガラスが飛び散る。破片が何粒か服に刺さったが、そんなことはどうだっていい。 「何でだよ!何で俺なんだよ!」 手当り次第に物を掴み、激昂と共に窓ガラスを突き破り、外に投げ出されていく。 途中からはそれすらも面倒になってきたので、椅子や机が校庭へ飛ぶ事は無くなり、代わりに手や足がドンドン真っ赤になっていった。 そうさ。こんなのただの八つ当たりさ。だけど何もできないんだ。だったら八つ当たりくらいさせてくれ。 黒板は割れ、教卓は原型を留めておらず、掃除ロッカーにいたっては元のサイズの半分以下にまで凹んでいる。 ボロボロになった一年五組で一人荒い呼吸で立たずんでいるが、それでも気分が晴れる事は無かった。 ダメだ。こんなんじゃまだ足りない。 壊れた掃除ロッカーのドアを蹴破り、中からトンボ型モップを取り出した。 「うるぁぁぁぁぁぁぁぁ!」 出入口を叩き割る。 まだだ。俺の血を冷ますにはまだまだ暴れ足りない。 「何もかもぶっ壊してやるよ!」 もうヤケだ。どうにでもなれ。 冬場の冷たい水道水が、両腕の血を洗い流してくれる。 一年五組で気の向くままに暴れ回ったおかげで、やっと疲労で立っていられなくなってくれた。そして周りを見ることが可能になり、自分の所業に一段落がつけられた。 他人事みたいに言うが、竜巻でも起きたのだろうか?やってる途中は一種のトランス状態のために気がつかなかったが、どうやってここまで暴れたんだ? 無事な窓ガラスは一枚だって無く、教室内は傷だらけ。俺自身、両腕両足に内出血のオンパレードである。あー疲れた。 ところで今は一体何時頃だ? 時計はハナっから止まってるのでわからないし、空模様は灰色一色である。 まだ夕方なのか、はたまた真夜中近いのか、それすらもよく分からない。 「……誰だ?」 瞬間、灰色の世界の遠くで、小さな物音が聞こえた。 人がいる!と思ったが、そんな安易な発想は捨てるべきだ。この世界に来た以上、何が起こるかわかったもんじゃない。 モップであった残骸の柄を握り締め、音に目がけて歩みを進めた。「人」だといいね。 一歩一歩進むうちに、物音の正体がわかってきた。それは「泣き声」だ。 はっきり言って怖すぎる。こんな人気も色気もなにも無い場所で泣き声だぜ?嬉しいよりも恐ろしいの方が強すぎる。 それでも気にした以上は確認しなければならない。存在の知らない恐怖より、存在の知れた恐怖である。見ないより見といた方がまだ安全だ。 泣き声に誘われて訪れた場所は、灰色の世界でなければ女生徒とお弁当を食べてみたい気分になりそうな中庭である。 ドアとドアの隙間から泣き声の主を確認してみる。……中学生くらいの女の子か? 見た感じでは、とても俺の命を危険にさせる存在には見えない。しかしここは灰色のホラー空間。何がおきるかわかった物じゃない。 スルーしようと踵を返したが、少女の泣き声だけが耳に残る。 この世界は怖い。めちゃくちゃ怖い。今にも失禁しそうなくらいにな。でもあの少女はもっと恐ろしい気分じゃないのか? 「あーあ、俺も甘いね」 モップを捨て、泣きじゃくる少女の前に出ることに決めた。罠なら速攻で逃げてやる。 「……誰?」 少女と目が合った。散々涙を流してたくせに、俺と出会った瞬間に睨みつけやがった。選択ミスったか? 「俺?この世界にビビリまくってる哀れな高校生だよ」 「あっそう」 それだけ言って、俺の事など頭のCPUから削除したようだ。失礼なガキだな。 「お前こそ、ここで何やってるんだ?散歩ならもっと気色の良い場所を選べよ」 見てみろよ。花だってこんなグレーじゃ愛でる気にもならねぇ。 「どうだっていいでしょ」 よかねぇよ。こんな場所でガキ一人見捨てるなんてできるか。こう見えて俺は結構小心者なんだ。 少女は何も答えない。勘弁してくれ。親の顔が見てみたいね。 「まったく。名前も言えませんなんて、そこらの迷子よりよっぽど性質が悪い」 その瞬間、少女の肩が短く跳ねた気がした。 「まさか……お前、マジで迷子か?」 「……悪い?」 なるほど。この子はしつけがなってないわけじゃない。ただ自分が迷子になってるなんて認めたくないだけか。それを知ると、ただの強がりにしか見えないわけで、あれだね。可愛いね。 「ま、そんなに気にすんな。俺も似たようなもんさ」 「あんた、何て言うの?」 偽名なんか無いし、嘘をつく必要も無いので、正直に本名を名乗った。正直は人間の美徳である。 「ふーん。変な名前ね」 よく言われるよ。ストレートすぎてあまり見ない名前だしな。 「それで君は?ワットユアネーム?」 「ハルヒ。涼宮ハルヒ」 世界が止まった。 ハルヒ?俺が知る限り、涼宮ハルヒはあいつ一人だ。あの黒髪長髪美少女の彼女一人。 そして目の前の少女も涼宮ハルヒだって?同姓同名? 「そうか。よろしくな、ハルヒちゃん」 いや、もう何が来ても驚けない。彼女が涼宮ハルヒなら涼宮ハルヒだろ。 「なにすんのよ。手を下ろしなさい」 カチューシャの上から頭を撫で続ける俺に、彼女が釘を刺してきたが、自分で退かそうとはしない。 大方、寂しかったんだろ。俺でさえ寂しくて発狂したんだし、涼宮ハルヒだって怖かったはずだ。 「さて、ここから出る方法を探すぞ」 だが涼宮ハルヒは俺が引いた手を止め、その場から離れようとしなかった。どうした? 「どうせ闇雲なんでしょ?だったらあたしの捜査に協力しなさい」 こんな場所で何を捜査してるんだか。食べ物の場所か?おもちゃか? 「子供扱いしないで。人よ人。人間!」 子供って。世間じゃ中学生はまだまだ子供だ。ま、高校生も子供だが。 「で、誰を探してるんだ?」 「有希よ。長門有希。あたしの友達よ」 「……長門有希がここにいるのか?」 あの青春小説の作者が、こんな色気の無い場所に? そもそも実在するのか?いや、実際に作品があったのだから当然だが、なんとなくだがペンネームか何かだと思っていた。 涼宮ハルヒ、古泉一樹、長門有希、朝倉涼子、この分じゃ朝比奈みくるにキョンって奴も出てくるかもしれん。 あの小説は実在する人物をモデルにした作品であり、過去に似たようなことが起きたのか? 「どうしたのよ?顔が怖いわよ」 「いや、昔からの癖でな。頭をフル回転させると、どうも顔の筋肉が固まるらしい。ちょっと待てよ。今、ほぐすから」 ほっぺたを掴み、顔面をホームベース状にして……イダダダダ。 「フン……バッカみたい」 ならその笑いを堪えているしかめ面をもっと上手く隠すんだな。 「うっさい!」 って!傷口のある足の甲を踏みつけんなよ!俺じゃなかったらよけれんかったぞ!? 「フン」 不機嫌な顔の割りには歳相応に臆病なのか、彼女は無傷な俺の左手を離さずに前に進んで行った。 歩きながら考えてみた。 あの小説の時期は四月から五月。俺の記憶じゃ涼宮ハルヒと古泉一樹に出会った頃だ。 さっきは実在の人物をモデルにしたと思っていたが、この相違はどういうことだ? あの二人は間違いなく光陽園の生徒で、俺の数少ない友人達だ。……本当にそうなのか?ここまでわけがわからん世界だと、既に俺自身が狂っているなんて考えすら思い浮かんでくる。 実際の俺は、今頃病院のベッドの上で植物状態もしくは、精神に異常をきたした入院患者なのかもしれない。 「……また怖い顔になってる」 いや、そんなことがあるわけない。この手の温もりが妄想とは思えない。 俺の隣で涼宮ハルヒは生きている。それがわかる限り、俺が狂ってるわけがない。 「ハル。ありがとな」 「……急に何?」 俺の存在を証明してくれてありがとう。とは言わないでおいた。 「変な奴……あ、ちょっとまって」 繋いだ手を振りほどき、涼宮ハルヒはいきなり駆け出した。ちょっと待て、転ぶぞ。 「ここ!なんか気になる!」 この世界には似つかわしくない色味の激しい声で指差す部屋は一年五組だった。 どういうことだ?この部屋は発狂しかけた俺が気の向くままに暴れまわったんだ。それなのに初めて訪れた時と全く変わってないじゃないか。 「待て!ハル!」 慣れ親しんだ俺考案ニックネームで呼びかけてしまったが、彼女は気にすることなく教室に入ってしまった。 「ただの人間に興味ありません。この中に、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、私の所に来なさい。以上」 教室の真ん中で全生徒の度肝をライフルで射抜くような突飛な自己紹介をしたのは、俺が良く知る髪の長い涼宮ハルヒだった。 だが今さら涼宮ハルヒが二人も現れようと大した事態じゃない。ぶっちゃっけあと20人くらい出てきても驚けねーよ。しかし、 「俺……?」 窓際二列目の席で、涼宮ハルヒをうるさそうに眺めている俺がいた。 「おい!」 理解不能な光景を見たことで、反射的に声を上げてしまった。 その瞬間、窓の外に咲き誇る桜の花が散るかのように、教室は元のグレーな世界に戻った。 違う。あんなのはまやかしだ。俺は北高なんか受験した覚えは無い。 反射的に同行者であり小さな恩人である涼宮ハルヒに目を向けた。 何も見てないと言ってくれ。 気のせいだと言ってくれ。 俺の存在を証明してくれ! 「……ハル?」 教室から涼宮ハルヒが消失していた。 「おい!どこにいるんだ!」 必死になって机をひっぺがえし、ロッカーを乱暴に開けていく。頼む!俺を一人にしないでくれ! 金髪ピアスなヤンキー男子高校生が中学生くらいの女の子に助けを求める姿である。さぞ情け無いだろうが、恐いもんは恐いんだ! 「……くそ。どこにもいない」 絶望が体中を駆け巡り、恐怖で立っていられなくなった。こんなにボロボロなんだ。今さらケツに床埃が着こうが関係ない。 さっきまで感じていた手の温もりが、今は感じられない。 「ちくしょう……」 思わず涙が零れた。 情け無い。俺はいつから迷子のガキに成り下がったんだよ。 「男が泣くな。みっともない」 血染めの袖で涙を拭ったことで、顔に血の跡が着いた。 涼宮ハルヒを探しにいこう。俺だってこんだけビビッてるんだ。あの子だって恐がってるに決まっている。 恐怖を煽る以外には何物でも無いグレーの壁が視界一杯に広がる廊下を歩く。 手がかりはゼロ。しかし本気で恐いがビビるわけにはいかない。 「……どこにいるんだよ」 声にいつもの覇気が無い。かすかにこだまする声が、何だか物寂しい。 俺って、こんなに臆病でみっともなくて、弱い奴だったんだな。改めて実感したよ。 「何を言ってるんだか。俺が強いわけねーだろ」 こんだけダサく立ち振る舞ったんだ。そんな俺が強く清く美しいわけない。 寂しがり屋だし、マザコンだし、短気だし、女に手を上げたし。良いとこねーな俺。最悪だわ。 「ハハハハハ……なんでだろうね。なんかスッゲースッキリした」 大体、本当の強さってなんだ? あぁ、確かにケンカは強いさ。今まで負けなしで通ってきたしな。 でも俺が拳を振り上げるのは、勝つためでもなければ、相手を屈服させるためでもない。 俺がケンカする理由はただ一つ。それは逃げるためだ。 俺に近寄るな。ほっといてくれ。それ以上寄るならぶっ飛ばすぞ。これである。 そうさ。俺は「弱い奴ほどよく吠える」そのまんまだ。あーあ、かっこ悪い。 いくら力が強くても、心が弱けりゃ弱者だ。 じゃあ心の強さってなんだよ。 「んなもんわかるか。わかるくらいなら、俺はこんな弱い人間にはならなかった」 俺は弱い。それでいいじゃないか。 強さ。それは本当に必要な物なのか? そんな実も蓋も無いことを思った時だった。 灰色の空から青白い閃光が煌き、廊下を照らした。 「な、な、なんだぁ!?」 反射的に窓の外を見てしまった事を後悔した。 そこにいたのは蒼く輝く巨人だった。 「嘘だろ……」 目の前の光景が現実であることくらいわかっている。それでも理解なんかしたくなかった。あんなにでかいのに、なんで二足歩行で立てるんだよ。 血の色みたいに赤い目玉と眼が合う。 マズイ。ビビリすぎて逃げることすら忘れていた。 「ぐがぁっ!」 同時に、柔らかい布で覆った灰皿でブン殴られたようなヒドイ頭痛がする。 「な……なんだよ!俺に何をさせる気だ!」 呼吸がマトモにできないほどの痛みだ。もしかしたら言葉にすらなっていないのかもしれない。 蒼の巨人に虚勢のタンカを切ったが、当然、何も答えない。 ―スタンバイ完了。当該既定に基き、これよりダウンロード開始― 心臓が大きく脈動し、意識が遠のいていくことがわかった。 待ってくれ!俺を連れて行くなぁぁぁぁぁぁぁ! 遠のいた意識が戻ってきた。ここはどこだ? 目を開くと、茜色の日差しが差し込む夕方の廊下に立ち尽くしていた。 もう嫌だ。帰りたい。帰ってベッドの下のエロDVD見たい。寝たい。腹減った。 もちろんエロDVDを見て発散することも、食事をすることもできないが、寝ることくらいはできそうだ。 『本当、なにをしに学校来てんだが』 目を閉じようとした時に声をかけれると、なんでこうもイラッと来るのだろうか。 『あいつは何考えてるかわからないから不気味だよな』 さっき聞こえた声とはまた違う声が耳に届いた。 『恐いよね』 蚊の羽音みたいにうるさい話し声だったので、仕方なく目を声の方角に向けてみた。 「……一年五組」 北高一年五組。もう今さら驚きも何も感じないが、ここまで来ると俺とは無関係とは思えない。 わざと聞こえるように話してんのか?戸が開いてるからって丸聞こえじゃねーか。 足を動かすと共に体中から悪寒がダダ漏れしやがる。近付きたくない。でも知らなければならない気がする。 『マジ学校やめてくれないかな。あいつが教室いると息苦しい』 『なに格好つけてんだが』 『あの金髪恐いよ』 その先に続いた単語の名詞に、少しだけ心臓が脈打ったのを感じた。 俺の名前だった。 あの陰口三人組が語る金髪男こそ、俺であった。 今さら驚くことじゃないさ。ここまでくれば俺が北高と無関係なわけが無い。 漫画とかドラマの主人公なら、この教室に乱入するかもしれないが、ビビリでヘタレなチキンな俺である。180度旋回して教室から離れてた。これ以上聞いていたくない。本音である。 「……ちくしょう」 学校を離れ、急坂の下まで歩いたあたりで悔しさが漏れた。 俺はいつからこうなった? 自分本性を見せるのが嫌で、人と接するのが恐くなった。 恐いさ。自分の心を知られ、相手に拒絶されたらって思うと、何もできなくなる。 昔は違った。もっと素直で、捻くれてなんかなかった。 戻れるなら戻りたい。誰にだって分け隔てなく接することができた素直な…… 乗用車のハイビームが顔を照らす。 ボンネットが突き刺さり、フロントガラスを叩き割る。 血が噴き出し、視界を赤く染めている。 朦朧とする意識の中、跳ねられた俺を野次馬が見下ろしているのがわかった。 この世界は正直だ。なにもしなかった人間には、こんな制裁が下される。 世界の素直さを肌で感じながら、全身チューブだらけの包帯姿で寝ながら病院の天井を眺めていた。 「見つけた」 深夜、病室に人の気配が沸いた。 「高い身体能力。一定値以上の破壊願望。現行世界への憎悪と羨望。全て基準値以上」 不自由な姿のせいで視線を向けることができなかったが、圧倒的な存在感を感じた。なにかいる。人間以上のなにかが。 「このプログラムはあなたのような有機生命体が適任」 足音が少しずつベッドに近付き、冷たい手が腹に置かれる。 「防衛プログラム朝倉涼子を止めて」 早口言葉を逆回しで20倍速再生するような声が聞こた。 待て!俺に何をした!?長門有希! もちろん言葉にはならなかったが、叫ばずにいられなかった。 「改変世界の破壊。それに準ずる行動」 わけのわからない発言の後で闇に溶ける直前、長門有希の整った唇が小さくはためいた。 ご め ん な さ い 「俺は……既に死んでいるのか?」 灰色の一年五組で、さっきの現象を思い出していた。 あぁ、全て思い出したさ。俺は光陽園学院なんか行っていない。北高一年五組の生徒だ。 大体、俺の母親に進学校へ通わせられるほどの蓄えがあるわけないだろ。県立高校に行くことだけで精一杯だったのに。 俺はあの日、クラスメイト達の陰口を聞き、学校から逃げ出した。そしてほぼ無意識で車道に飛び出して交通事故にあったのだ。 その後は……覚えてない。気がついたら「ここ」にいた。 ここは地獄でもなんでもなかった。俺がいた世界から書き換えられた新世界だ。 この世界では俺は交通事故にはあってないし、北高生でもない。 それでも元の世界に戻りたいか?この世界にいる限り俺が死ぬこともないし、孤独になることも無い。 居場所だってそれなりにある。母親は既にいないが友人はいる。 元の世界に比べりゃ、こっちの方が魅力的だ。 「……そうじゃない。そうじゃないんだ」 弱くてもいい。何度だって負けてもいい。だけど、現実から目を背けるな。 逃げなきゃいいいんだ。どんなに抗えない敵だろうと、戦わずに逃げるなよ。 元の世界に戻ったら、俺は死んでいるかもしれない。 そりゃあ死ぬのは嫌さ。嫌に決まってるだろ。 でも、ここで逃げたら一生後悔する。それが「この世界で死ぬまで」なのか「元の世界で死ぬまで」の差だ。 「……俺はもう逃げない。決めたんだ」 立ち上がり、教室のドアを開いた。 文芸部室に行けば長門有希がいるはずだ。そこで事の真意を知ろう。 なぜ俺なのか?俺に何をさせるのか?そして……元の世界に帰る方法も。 「俺は……この改変された世界を破壊するためのプログラム・西野太陽。 誰にも文句は言わせない。これが俺の物語だ」 『この銀河を統括する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし』 『わたしはこの時代の人間ではありません。もっと、未来から来ました』 『ちょっと違うような気もするんですが、そうですね、超能力者と呼ぶのが一番近いかな。そうです、実は超能力者なんですよ』 『ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』 『俺、実はポニーテール萌えなんだ』 『あなたが死ねば、必ず涼宮ハルヒは何らかのアクションを起こす。多分、大きな情報爆発が観測出来るはず。またとない機会だわ』 『時間というものは連続性のある流れのようなものでなく、その時間ごとに区切られた一つの平面を積み重ねたものなんです』 『生み出されてから三年間、私はずっとそうやって過ごしてきた』 『煎じ詰めて言えば『宇宙があるべき姿をしているのは、人間が観測することによって初めてそうであることを知ったからだ』と言う理論です』 『いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ』 スピーカーから流れる言葉は、いつもならSFすぎて関心するだろうが、今はこんな状況だ。信じない方がおかしい。 俺がいた場所は退屈でくだらない世界ではない。 何でも知ったフリをした俺がガキだった。 戻りたい。本心だ。 記憶の中から部室棟の居場所を思い出しながら、灰色の校舎を歩き回ること数分。やっとSOS団のアジトがある文芸部へとたどり着いた。 この世界になった前日の深夜、俺は病室で六組の長門有希を見た。 この学校じゃたった一人の文芸部員であり、SOS団のメンバーらしいからな。 ここまで証拠が揃っていて無関係なわけがない。 間違いなく関係者だ。それも黒幕クラスのな。 ノックを四回しても返事がなかった。まぁ、いてもいなくても上がり込むけどな。 ここは便宜上は文芸部室だが、今は涼宮ハルヒ率いるSOS団アジトだ。初めて中を見たが、部室って言うよりは子供の秘密基地に見える。可愛いところあるじゃないか。涼宮ハルヒ。 いた、長門有希だ。窓際のパイプ椅子に腰をかけて、殺人事件の凶器になれそうな本を開いている。 「俺を読んだのはお前か?長門」 「消失世界及び改変世界の同期を確認。西野太陽、あなたを待っていた」 このセリフが出たと言うことは、物語のラストに流れるめでたしめでたしまであと少しだと思っていいのか?あまり鵜呑みにはしたくないが。 「待っていたねぇ。俺もお前には会いたかったよ。もちろん、何でこんなことになったんだと聞く意味でだがな」 交通事故に逢ったはずの俺が元気でいたり、気がついたらこんな色気の無い夢想世界に召喚されちまったことも含めて知らないことだらけだ。 ここまでされて謎を残すなんて出来るか。 「全て話してくれ。何も知らないまま退場なんかしないからな」 「言語では情報に齟齬が生じる。でも聞いて」 「何を今さら。例え涼宮ハルヒが神様と言おうが信じてやるよ」 その通りだった。 「なんだそりゃ。馬鹿馬鹿しすぎて笑えるね」 「真面目に聞いて」 長門有希が声のトーンを少し重たくした。 「聞いてるし信じてるから安心しろ。その上にあんなに探していた宇宙人未来人超能力者が、こんなに近くにいたとはな」 こんな面白い話あるかよ。ああ、ここにあるのか。 「今、私たちが存在している空間は、涼宮ハルヒの情報創造能力で私が構成した情報空間。改変世界の裏側に存在する」 情報空間に改変世界。まず間違いなく、こんな事態でなければ聞く機会など無かったであろう単語だ。 「お前らが今まで何をしてきたかはわかった」 大筋だけ理解したが、壮大すぎる。こんな状況でなければ誰も信じないだろうね。まさかこんな狭い部屋が世界の命運を握っていたなんてな 「重要なのは「今」だ。一体、今なにが起きているんだ?」 俺の蘇生と母の死。 防衛プログラムと破壊プログラム。 連続殺人鬼朝倉涼子。 小さな涼宮ハルヒと灰色の世界に蒼い巨人。 この全てを繋げなければ、この物語は終わらない。終わらせない。 「防衛プログラムと破壊プログラムとはなんだ?」 朝倉涼子と長門有希が発していた二つのプログラムの存在理由がこの世界の核である。これを知らなければならないはずだ。 「防衛プログラムは、選択権を持つ彼を殺害し、改変世界を防衛することが目的。それを防ぐために破壊プログラムを探索していた」 破壊プログラムと発した瞬間、長門有希は俺に目をくれた。 「破壊プログラムが存在する限り、朝倉涼子は鍵である彼を殺せない」 おいちょっと待て。それじゃあ、 「朝倉涼子の殺人は、破壊プログラムであるあなたを見つけるために行なわれた選別作業。数あるパターンの中で、破壊願望を爆発できる人物を……」 「ふざけんな!」 木目の天板が、握り拳の一撃で叩き割れた。 「俺の母親は、そんな下らない理由で殺ろされたのか!?」 長門有希の語る真相は俺には理解しがたいものだった。 朝倉涼子がなぜ連続殺人を行ったか。それは大切な存在を奪われ、復讐の念に捕われるほどの強い破壊願望を持てる人物を探すためだ。 「改変世界の中で、朝倉涼子が破壊プログラムと判断した人物は10人。彼女はその中から、あなたを見つけた」 そう「選別」だったのだ。朝倉涼子はひよこのオスとメスを判断する作業を行なうくらいの気分で人を殺し、俺に辿り着いた。 「じゃあ何か?!お前は俺と朝倉に殺し合いさせて、高見の見物かましてたってのか?!」 俺が朝倉涼子を止め、キョンに選択させる。それが世界を破壊した長門有希の義務であり、俺の役割だ。 「SOS団のある世界を守るためには必要なこと」 「それがくだらないって言ってるんだよ!」 長門有希は俺が朝倉涼子へ復讐を決意するために、俺の母親を殺したと言ってるようなものだ。 そうしなければ、母の死を目の当たりにした俺が防衛プログラムである朝倉涼子とカチ合わない。 「お前の言う「世界」ってのは、そこまでして守る価値がある物なのか!?」 俺は絶対に認めない。誰かの犠牲の上で成り立つ世界なんか間違っている。 それでもこいつはやったんだ。自分の尻拭いを俺とキョンにさせるためにな。 「なにがプログラムだ!お前に取っちゃゲームみたいな物かも知れないがな、俺に取っちゃ現実以外の何物でも無いんだよ!」 母親が惨殺された姿なんて一生物のトラウマだ。二度とハンバーグ喰えそうにねーよ! 「問題ない。彼が脱出プログラムを作動し、時空を改変すれば時間軸の書き換えが行なわれる」 問題ない?それでアフターケアのつもりか! 「俺の感情や激昂はどうなる!これを無かったことにできるほど俺の魂は腐っちゃいないんだよ!」 全てキレイサッパリ忘れろってか?冗談じゃねぇ!俺のせいで死んだ母親と、俺のために死んでくれた森園生を忘れるなんてできるか! だが、長門有希は俺を本気で理解できないのか、黒曜石の瞳を動かすことなく凝視している。 その姿が異様に機械的に見えたせいか、俺の中の攻撃性がドンドン剥き出しになっていく。 「おまえにわかるのか!?唯一の肉親を失った気持ちが!命張って助けてくれた恩人を見捨てた気持ちが!わかるわけないよな!無から生まれた心無い人形風情なんかに、人間の気持ちなんて理解できるか!」 おいこら何とか言ってみろよ。お得意の理解不可能な超言語で解説でも弁明でも反論でもしてみろよ。出来るもんならなら! 「……私には、あなたが興奮する理由が理解できない。でも、あなたが激昂していることはわかる」 んなもん見りゃわかるだろうが。ふざけてんのか? 「私は人間の倫理の一線を越えてしまったと思われる。謝罪する」 誰が見てもわからんだろうが、わずかばかり頭を傾けた気がした。 「で、俺になにをさせる気だ」 少しでもドーパミンを鎮めようと、足を割れた天板に投げ出す。宇宙人側の願いを聞いてやるなんて癪だが、俺が無事に帰るためには、こいつらの言う事を聞かなきゃならん。あー、ムカつく。 「あなたに依頼する事は一つ。防衛プログラムである朝倉涼子の破壊」 どうやら今度は俺を殺人鬼にするつもりらしい。 「なんで俺なんだ。お前がやればいいじゃねーか。自分の尻くらい自分で吹けよ。それができなきゃ最初っからやるな」 俺は今までケンカや無免許運転等、結構な悪事をやってきたが、殺人なんかしたことはない。それが人間の一線を超えた行為であることくらいわかるさ。 「私が情報操作を行えるのはこの空間だけ。それは朝倉涼子も同様だが、彼女は防衛プログラムの役割りを担う為、常人よりも身体能力を高く設定した」 知ってるさ。ナイフで弾丸弾き落としてたしな。 「朝倉涼子を止めることができる存在は、彼女と対なる存在として改変世界にインストールされたあなただけ」 買いかぶりすぎだ。俺はどこにでもいるエセヤンキー生徒であり、間違っても世界の命運を握るようなタマではない。自分がスーパーヒーローになれないことくらい自分が一番よくわかっている。 「信じて」 黒曜石の輝きが真っ直ぐに俺を射抜く。 「こんな作り物の世界、クソだ。だからお前らの望むように動いてやるよ。だがな、これだけは聞かせろ」 「何?」 「決まってるだろ。なぜお前がこんなことをしたか、だ。なぜ全てをリセットするマネをしたのに、俺を使って修正なんかする。明らかに矛盾してるだろうが」 リセットボタンを押してセーブデータを消した本人が、今度はわざわざデータを修復している。 途中で過ちに気付いたからか?違うね。だったら事前に防衛プログラムと破壊プログラムを仕込むわけがない。 長門有希は最初っから俺と朝倉涼子が激突することを決めていた。そうとしか考えられない。 「それは……」 言いよどむ様に虚空を睨んでいる長門有希の仕草に、少しだけ罪悪感を覚えた。俺は学校の先生には向いてないのかも知れない。 「朝倉涼子は私の利己主義によって再構築された存在。私は全ての現象を破壊したかった。しかし絶対に防衛すべきとも思考した。……なぜ?私には理解できない」 知るかよ。と言いたかったが、俺の類まれ無いほどに発達しシックスセンスが答えを見つけてしまった。 朝倉涼子が創造されたのがエゴだと言った。なら俺は? そう、俺は長門有希の良心なのだ。 長門有希の心の中には、確かに全てを破壊したくなるような負の感情が備わっていた。だがそれを許さない正の感情もあったはずだ。 だから俺をここに呼び寄せた。 エゴを止めるために。 良心を信じるために。 っち、憎悪の感情が薄れちまったじゃねーか。 「もうわかった。俺はお前の科した役割を全うしてやるよ」 朝倉涼子を止める。そうしなければ俺は現実には帰れないし、腹の虫も治まりそうも無い。 「朝倉はどこにいる」 ターゲットがどこにいるか分からなければ朝倉涼子を止められるわけがない。今はノリよりも確実な情報原だ。 「そのまま一年五組に戻って。扉を開けば改変世界の一年五組に繋がる。朝倉涼子はそこで彼をを削除する準備をしている」 便利な上に分かりやすい展開で助かる。そしてラスボスは準備万端ってか。こっちは満身創痍だってのに。時代遅れのカニ歩きファミコンRPGみたく、直前で体力気力暴力を全力で全回復してはくれないだろうか。 割れた天板から足を除けて立ち上がり、入り口の前まで歩き出す。 「だが長門、一つだけはっきりしておく」 ドアノブに手をかけた瞬間、変わらずパイプ椅子に腰掛ける長門有希に目をくれた。ああ、これだけは言っておかないとならない。 「俺は、俺の世界を守るんだ。お前らの世界じゃない。俺の世界だ」 誰のために動くのか。それはSOS団なんてちっぽけな存在じゃない。俺が信じる俺の魂のために動くんだ。 「……こんなこと、人形のお前には理解できないかもしれんがな」 結果的には大差無いが、心情的には大違いだ。俺は俺の魂を信じる。それだけだ。 「そう……かもしれない」 それだけ言って、長門有希は言葉をつぐんだ。 代わり映えの無い灰色の廊下を歩いているが、心情はさっきとまるで別だ。 この廊下を歩き、朝倉涼子と対峙した時。俺は朝倉涼子を殺すことができるのか? やらなきゃならんのだ。できなかったら、俺が朝倉涼子に殺される。 「……そんな簡単に割り切れねーよ」 裏ポケットから煙草のソフトパックを取り出す。おっし。まだ残ってるな。 とりあえず中身を一本くわえ、灯を灯す。一服ぐらいさせてくれ。こっちは色々情報詰め込みすぎてCPUがオーバーヒート気味なんだ。 仮に朝倉涼子を殺せたところで、俺はどうなるんだ? キョンが元の世界を選ぼうが、俺の交通事故がなかったことになるわけがない。 あれはこの世界とは全く関係ない俺のミスだ。今はそれなりにピンピンしているが、気が付いた時には病院のベッドに戻っているかもしれない。 いや、それならまだラッキーだ。あの事故だ。元に戻った瞬間、死ぬ可能性だってある。 だからって逃げ出すわけにはいかない。ビクついて芋引くくらいなら、男を見せろよ。 一年五組への道のりは距離で言えば短かったが、体感的には呆れるほどに長く感じられた。 死刑直前の囚人が十三階段を登る気分はこんな感じだろうか。演技でも無いが、これしか思いつかない。 「……もういい。考えたところでどうにもならない」 前に。一歩でも前に。引いたところで俺の足元には崖しか無いのだから。 だったら飛び込んでやるよ。 煙草を靴底で揉み消し、肺に新鮮な空気を送りこむことで気分を入れ替える。 「いくぜ。朝倉ぁ!」 引き戸をブチ破る力強い蹴りが放たれた。 第四章へ続く
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/2174.html
あまりの暑さに目を覚ます。おもむろに目覚ましに目をやると時計の針は7時ジャストを刺していた。布団を跳ね除け、起き上がる。たまには早起きってのも悪くないだろ。 俺はそのまま階段を降り、朝の支度にかかった。 歯を磨きながら「やれやれ、再来週にはテストかよ・・・」 と、一人鬱な気分になっていた。 少し記憶をたどれば、フロイト先生に爆笑されてしまいそうな夢が思い出せる。 もう少し戻れば、人生で初めてナイフを突きつけられたことも思い出せる。思い出せるってのに、なんで過ぎ去った実感がないものか。まるで、昨日の事のように思い出せるし、実際こうして思い出してる。 やっぱ命の危険てのは覚えてるもんなのかねぇ、などと思いをめぐらせていると、俺の部屋から妹の悲鳴が聞こえた。 「どうした!」 俺が急いで階段を駆け上がる。すると妹が俺を見て怯えたように言った。 「キョン君がいないの・・・。って、ひょっとしてキョン君なのかな?かな?」 「みりゃわかるだろ」 「嘘だっ!!」 このあと俺は喉を掻き毟らなきゃならんのか?付き合いきれない俺は妹にデコピンをかますと、また階下へと戻っていった。 「もう~、今日こそは額に『腐』って書きたかったのに・・・」 起きてて良かった。てか、そんなことしようとしてたのか! 家にいても、疲れるだけだ。学校に行こう。 ・・・この時から、俺は今日がいつも通りじゃないことを何となく感じていた。 だるい坂を上り学校に着く。今日は俺にしては早い登校のため、誰もいないものだと思っていた。 しかし、教室にはもうすでに人が来ていた。それも俺にとっては非常に、そりゃもう非常に都合の悪い相手で、出来ればもうエンカウントしたくないくらい都合の悪い相手なのだ。 それは誰であろう、朝倉涼子だ。俺が教室に入らずに、入り口のあたりで呆けて立っていると、あのAプラスの笑顔で 「どうしたの?入らないの?」 と言ってきた。誰かモルルのお守りをくれ! 「い、いや、そういえば忘れ物を思い出したんだ・・・」 苦しい言い訳をすると俺は踵を返し早歩きでその場を去った。あの教室に入るだと?冗談じゃない。 また、俺を情報制御下とかに置いて身動きを封じられるに決まってる。あまつさえ、若い俺の体を・・・、いや、これは妄想だった。俺はMっ気があるみたいだな。 いや、そんなことより長門だ。アイツに会わないと。 そう思い、なぜだか足を部室に向けた。普通長門のいる教室に直行するのがセオリーだと思われるが、何となく部室にいる、そんな気がして部室に向かってみた。 すると、意外にもというか思った通りというか、そこに長門はいた。しかし、本を持っておらず視線は宙に浮いている。 「おい、長門」 軽く声をかけてやると、 「・・・」 俺に顔を向けた。どうやら意識はあるようだ。長門でもボケーっとする時があるんだな。などと思いつつも、俺は朝倉のことについて長門を問いつめた。 「・・・アナタの気持ちは理解できる。だが、朝倉涼子の気持ちも考慮すべき。彼女は酷い罪悪感を抱いている。私は彼女の償いたいという気持ちに応えただけ」 ・・・要約すると、俺を襲ったことに心を痛めた朝倉は反省し、そのことを償うためにここにいると。そして、俺を襲ったという記憶が無いらしい。 ただ俺を『傷つけてしまったことがある』、とは認識してるらしく、何かと俺を気にかけるとのこと。統合思念体としての力は失っているらしいから脅威にはならないという。 「ふ~ん、それでも朝倉が俺に危害を加えた場合は?」 「私が責任をもって始末する」 始末する・・・。長門にしては乱暴な言葉だ。それほど俺が過激派に襲われたことを根に持っているようだ。 「そうか、まぁわかった。とりあえず普通に接するようにしてみる」 「そう」 長門はそう言うと立ち上がった。教室に行くみたいだ。どうせだから一緒に行くことにした。その時は気がつきもしなかった。教室が騒ぎになっていることなんて。 教室に行くと、クラス中が朝倉を囲んで色んな質問をしていた。それはそうだろ。こっちではカナダに転校したことになってるんだからよ。 俺は自分の席に腰掛けると、いつものクセで後ろを振り返った。そこには面白いものを見つけた小学生のような目をした団長様がいた。 「キョン、これは臭うわ。事件の臭いよ」 SOS団団長こと涼宮ハルヒがまたろくでもないことを考え出したようだ。コイツは面白いことが大好きなのだ。いっっっっつも面倒ごとを起こす癖がある。巻き込まれるのだけは勘弁願いたい。 「アタシの推理では本当はカナダに単身赴任の予定だったの。でも父親がそれを嫌がり無理やり家族を連れて行った。 そしてそこの環境が合わなかった奥さんは離婚を決断し、日本に帰ってきた。どう、この完璧なアタシの推理は!」 どうもこうもあるか。俺が○×つけれるなら×してるぞ。 「何でよ」 何となく。・・・よせ、落ち着け。話し合おう。だからその握りこぶしを下げて、ね?ハルハル? 最後の一言が余計だったのか、それとも最初から殴る気だったのか、俺は殴られた。畜生ハルヒめ、覚えてやがれ。俺は殴られた頬をさすりながら、なぜか体が快感を覚えていることに戸惑っていた。ドMかよ俺は・・・。 一人突っ込みがむなしい・・・。 さて、朝倉の方はどうなったかというと、上手く言葉を濁したのか、いつもの仲良しメンバーと談笑していた。なぜだろう、そんな義理はないってのに心配しちまった。 ・・・そうか、ハルヒに少しでも不思議についてのことがばれたらヤバイから、心配してたのか・・・。そうだ、そうに違いない。 俺がむりやり自己完結するのと同時に朝のHRが始まった。
https://w.atwiki.jp/haruhi-suzumiya/pages/18.html
アニメ 声優 涼宮ハルヒ:平野綾 朝比奈みくる:後藤邑子 長門有希:茅原実里 キョン:杉田智和 古泉一樹:小野大輔 鶴屋さん:松岡由貴 谷口:白石稔 国木田:松元恵 朝倉涼子:桑谷夏子 喜緑江美里:白鳥由里
https://w.atwiki.jp/haruhi_vip2/pages/1215.html
Report.12 長門有希の憂鬱 その1 ~長門有希の消失~ 「うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったん違(ちゃ)う!?」 【うりゃあぁぁぁ! 今日もみくるちゃんは可愛いなっ! 胸もまたおっきくなったんじゃない!?】 「わひいぃぃ!?」 涼宮ハルヒが朝比奈みくるの胸を揉む。みくるはいつもなら嫌がるが、今日は余り嫌がっていない。 「はふぅ……涼宮さん、ほんまに胸揉むん好きですね……しかも妙に上手いし……」 【はふぅ……涼宮さん、ほんとに胸揉むの好きですね……しかも妙に上手いし……】 頬を上気させて、荒い息をしながらみくるは言った。 「いや~、みくるちゃんの胸はほんまに揉み応えがあって癖になるわ。」 【いや~、みくるちゃんの胸はほんとに揉み応えがあって癖になるわ。】 ようやくみくるを解放したハルヒは、一仕事終えたかのような表情で言った。 「うふ。じゃあ、こういうのはどうですか?」 そう言うとみくるは、ハルヒの頭を抱きかかえた。 「むー、むー……この程よい窒息感、イイ……」 ややくぐもった声で、ハルヒが答える。 「更にはこんなこととか。」 みくるはハルヒの後ろに回ると、彼女の頭に胸を乗せた。 「おおお、この重量感! 信じられへん……」 【おおお、この重量感! 信じられない……】 「ふふふ。涼宮さんて、ほんま胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?」 【ふふふ。涼宮さんて、ほんと胸好きですね。大きければ何でも良いんですか?】 「いやいやいや、決してそういうわけ違(ちゃ)うんよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要やねん!」 【いやいやいや、決してそういうわけじゃないのよ。大事なのは形と実用性! そして何より……『その人の胸』ってのが重要なの!】 「ふぁ……それって、『あたし』の胸やから、ってことですか!?」 【ふぁ……それって、『あたし』の胸だから、ってことですか!?】 ハルヒはみくるに向き直って言った。 「ファイナルアンサー?」 「ふぇ!? フ、ファイナルアンサー……」 ハルヒは眉をしかめながら、長い溜めに入った。 「……正解!」 ハルヒはみくるの胸を、前からパン生地をこねるように弄んだ。 「それじゃご褒美! うりゃうりゃうりゃうりゃ……」 「あっ、あっ、あっ、あっ……」 「……けだもの。」 その時、平坦で冷静な声が二人に浴びせ掛けられる。わたしはとっくに部室に入っていた。いちゃついていた二人の動きが止まる。顔が引き攣っている。わたしはそれ以上何も言わず、いつもの席に着くと、本を読み始めた。今日は『新明解国語辞典』。この辞書は、解説がユニーク。 『…………』 三人分の三点リーダが部室を支配する。 「こほん!」 ハルヒはぎこちなくみくるの胸から手を離すと、わざとらしく咳払いを一つした。 「あー、みくるちゃん! お茶お替りお願いっ!」 「は、はい!? ただいま!」 みくるは、服の乱れを直すのもそこそこに、慌ててお茶の用意をする。 「は、はい涼宮さん!」 「あ、ありがと!」 お茶を机に置くみくる。ハルヒの声は微妙に、みくるの声は明らかに、上ずっている。 「は、はい長門さん!」 わたしのそばにお茶が用意される。普段ならわたしは、少しだけ視線を上げて謝意を表明するが、この時は何もしなかった。したくなかったから。 先ほど、わたしは思わず声を掛けた。普段なら、何も言わず観測に徹していたはずなのに。なぜか、声を掛けずにはいられなかった。 人間の感情に例えると、それは『面白くない』というものだった。 わたしの好きな人同士が、乳繰り合っている光景。それが面白くなかった。なぜ? 答えは簡単に出た。理由は一つ。そこにわたしがいないから。わたしは『嫉妬』していた。 やがて『彼』と古泉一樹が部室に姿を現し、いつものように活動が始まった。しかし、完全に普段通りとはいかなかった。 ハルヒとみくるは、しきりに視線を交わしては、慌てて視線をそらしている。その度にわたしからは、『彼』の表現を借りれば『透明オーラ』が立ち上るような気がした。微妙に張り詰めた空気を察知して、男子二人も気が気ではない様子だった。 何となく気まずい空気に包まれながらの活動も終了し、皆は帰途につく。 わたしは、部室の整理をすると言って部室に残っていた。確かめたいことがあったから。 『団長』と書かれた三角錐が置かれた、ハルヒの席。そのそばに、丸めた紙くずが落ちていた。わたしは活動中から何となく気になっていたその紙くずを開いてみる。そしてわたしは硬直した。 『キョン……あたしの有希を取らないでよ!!』 人間に例えると、『頭が真っ白になった』という状態。わたしの情報処理機能が停止していた。 「有希……?」 その時ハルヒが入ってきた。声を掛けてくるまで気付かなかったとは。以前のわたしなら考えられない出来事。 「何見てんの……!? そ、それは!?」 わたしは未だに動けないでいる。 「な、何を……何を見てんの!!」 叫んで猛然とわたしに向かってくる彼女。ものすごい勢いでわたしから紙を奪い取る。 「何よ何よ何よ何よ!! 何(なん)で見てんの!!」 「あ……」 わたしは声すらもまともに出せない。 「わ、わたしは……不要なら捨てようと思って……大事なものでないか確認しようと……」 「うるさいっ!!」 彼女に突き飛ばされる。わたしはまともに本棚に叩き付けられた。何冊か本が落ちてくる。 「何(なん)で人の、プライバシーを覗いとぉ!」 【何(なん)で人の、プライバシーを覗いてんのよ!】 「違う……わたしはただ……」 その時、額に何か液体が垂れてきた。血。見る見る青ざめていく彼女の顔。『やってしまった』という表情。 「……信じて。」 「あ、あたしは悪くないんやからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんやから!!」 【あ、あたしは悪くないんだからね! 有希が人の書いたものを勝手に見てたのが悪いんだから!!】 彼女はそっぽを向いて……わたしが血を流している姿を見ないようにしながら言った。 「き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときや!」 【き、気分が悪いから帰る! ……あ、あんたも、保健室行っときなさいよ!】 そう言い捨てると彼女は、バツが悪そうに足早に立ち去った。彼女を怒らせてしまった。不手際。だが……なぜあの時わたしは、まともに行動できなかったのだろう。 彼女があれほど激昂したのは、この紙片が原因であることは間違いない。彼女が立ち去ってから、改めてその紙片を観察する。 そして、その紙片が落ちていた辺りに、他にも幾つか同じように丸めて捨ててある紙片を見付けた。今度は彼女がこの部室に近付いていないことを確認してから、他の紙片も確認する。 それには、『キョン』――『彼』や、わたし、みくる、一樹への、屈折した思いの丈が書き殴られていた。 思い当たることがある。 最近彼女は、Webサイトを閲覧しながら、時々紙に何かを書き付けていた。最初は、何か気に入った情報をメモしているように思われたが、それにしては様子がおかしかった。それを書いているときの彼女は、非常に不機嫌だった。その時に書いていたのが、これらの紙片だろう。こうすることで、彼女は自分のイライラを静めていたということか。 人間には、心の中に、他人には知られたくない、『触れられたくない』と考える情報が存在する。他人へ寄せる好意、悪意等も、そのような情報である場合が多い。ハルヒもそうなのだろう。そんな彼女の……最も他人に触れられたくない領域を、わたしは侵してしまったことになる。 「……うかつ。」 この不手際、どう埋め合わせをするか。重大な懸案事項を抱えてしまった。しかし、事はこれだけでは済まなかった。もっと重大な事態が発生したから。 その夜、小規模ながら、情報フレアが観測された。発生源は涼宮ハルヒ。今回は以前と違って、ごく限定的な範囲に圧縮した情報の奔流が見られた。以前は、ほぼ無秩序に世界を書き換えてしまう形での、文字通り『爆発』であった。 しかし今回は違う。限定的・選択的に情報を書き換えるという、高度に制御された情報操作。力の主は、力の使い方を無意識的にでも、『肌で感じている』のかもしれない。 わたしが部屋で一人、夜を過ごしている時のことだった。わたしは、彼女を怒らせてしまった不手際をどう埋め合わせするか検討していた。 そんな時、突如、わたしの肉体、ヒューマノイド・インターフェイスとしての有機情報連結体が、その形状を保てなくなった。瞬く間に、煌めく砂のような粒子になって崩れていくわたしの身体。それはいつかの、朝倉涼子の姿と同じだった。 わたしは、為す術もなく、空気に溶けていくわたしの身体を見ているしかなかった。……朝倉涼子は、どんな気持ちで、この光景を、自分の身体が崩れていく様子を見ていたのだろうか。 今回引き起こされた現象は、わたし――『長門有希』の消失。 『長門有希』は、消失した。個体としての特異性を失い、無個性な情報生命体として、涼宮ハルヒとその周辺に『漂って』いた。彼女達に働きかける手段を持たない、ただ観測するだけの存在。 情報統合思念体は、個体・長門有希の復元を試みたが、それは徒労に終わった。大きな力――涼宮ハルヒの意思が介在した。 『有希に会いたくない。』 その思いが、長門有希の再生を許可しなかった。 情報統合思念体は、長門有希が消失した現状を維持しながら、観測を継続することにした。長門有希の不在については、人間の意識に無理なく理解される形に情報が操作された。観測そのものは、他の端末や肉体を失った長門有希を通してでも可能。 しかし、涼宮ハルヒの中で、長門有希という個体に関する情報は、既に大きな領域を占有していた。よって、このまま長門有希を廃棄する事はできない。どのような影響があるか予測不可能。したがって、代替インターフェイスを配置する必要があると認められた。 この時点で、涼宮ハルヒはある人物を思い出していた。それは、『朝倉涼子』。 朝倉涼子は、元々は長門有希のバックアップとして、涼宮ハルヒと同じクラスに配置されたインターフェイス。しかし、異常動作による独断専行により、重要観測対象である通称『キョン』を殺害しようとした。そしてそれを阻むために行動した長門有希により、有機情報連結を解除されていた。 朝倉涼子の、インターフェイスとしての性能は、長門有希と遜色ない。そして、涼宮ハルヒの近くに配置しても問題が少ないという、数少ないインターフェイスでもある。 長門有希の再構成は未だ不可能。情報統合思念体は決定した。 長門有希の『バックアップ』、朝倉涼子を再構成し、長門有希の任務を代行させる。つまり、『バックアップ』としての役割を果たさせる。 ――再構成、パーソナルネーム朝倉涼子 ――辞令、長門有希任務代行 朝倉涼子 朝倉涼子が帰ってきた。涼宮ハルヒを観測する任務を帯びて。 「謹慎がようやく解けたと思ったら、ただの仮出所か……」 朝倉涼子の任務は、あくまで『長門有希任務代行』。長門有希が元に戻れば、涼子の任務は終了する。 「所詮わたしはバックアップかあ。長門さんが元に戻ったら、すぐにわたしは消えてしまうのよね。」 涼子は、情報統合思念体の自分に対する扱いに、やや不満を抱いていた。 「そういえば、前も再構成されて、結局同じことをして、また消されたっけ……扱い悪いなあ。」 復元された場所は、今はもぬけの殻となった、708号室。長門有希の部屋の中。 涼子は鏡を見る。自分が明らかに不満そうな表情を浮かべていることを視認する。彼女は両頬を軽く手で叩いた。 「ま、一端末があれこれ言っても仕方ないか。仕事仕事!」 すぐに表情を笑顔にする。彼女は優秀だった。 「涼宮さんに、長門さんにまた会いたいって思わせる必要があるわ。やっぱり、学校行くのが一番有効かな。」 久しぶりに元・1年5組の人たちにも会いたいしね、と涼子は準備に取り掛かる。情報操作。 「時間の流れを無視した記憶改変は危険、というのが、長門さんの暴走で得られた教訓。」 操作の範囲が広がる分、記憶の整合性に注意しつつ十分な時間範囲に改変を行うことは、極めて煩雑。しかも、そこまで行っても、涼宮ハルヒと彼女に近い人間には、違和感に気付かれる恐れがある。 涼子は最小限の改変で済むよう、注意深く改変箇所を選定した。 「……操作完了。やっぱりこうするのが一番合理的かな。……キョンくんは、わたしのことは信用してくれないだろうけど……」 『自業自得』と呼ぶには、彼女にも酌むべきところはある。彼女は任務に忠実だった。しかし事情は、殺害されかけたキョンにとっても同じであることを、彼女は理解していた。それはこれまでの観測による、人間心理の考察によるところも大きい。 彼女は優秀だった。 朝倉涼子は私服で北高に登校した。彼女は、転校先のカナダから一時帰国したことになっている。既に北高に籍はないので、授業には参加しない。本来なら校内への立ち入りも難しい。しかし、元・北高生で、急な転校であったこともあって、特例として校内への立ち入りと、一部授業の見学を許可された。 彼女は涼宮ハルヒとキョンがいるクラスの授業を中心に見学した。そのクラスは、元・1年5組の生徒が多かったこともあって、朝のHRから登場し、挨拶を行った。 「えー、今日はみんなに紹介する人がおる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もおるかもしれん。」 【えー、今日はみんなに紹介する人がいる。このクラスは元・1年5組の者が多いから、覚えてる人もいるかもしれん。】 そう言うと担任の岡部教諭は、廊下にいる人物に、教室への入室を促した。教室に彼女が入ってくる。 「おはようございます。初めての人は、はじめまして。覚えている人は、お久しぶり。去年、1年5組にいた、朝倉涼子です。父の仕事の都合で、カナダに転校しました。親族での用事なんかがあって、今は日本に一時帰国してます。それで、せっかくなので、北高に来させてもらいました。短い間ですが、よろしくお願いします。」 教室にどよめきが起こった。ハルヒは目を輝かせ、対照的にキョンは真っ青な顔をした。涼子は、彼らへの対応を最優先させる必要があった。 なお余談であるが、『見学』ではあるものの、設定上『英語』という言語を使用するカナダという国へ転校したことになっているので、英語の授業では、例文の朗読係として重宝された。 「うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音やな。完璧や。というか、正直、教師を超えてるな……」 【うん、さすがは生の英語に触れてる人間の発音だな。完璧だ。というか、正直、教師を超えてるな……】 「いえいえ、まだ一年ほどですから、そんなには……」 挨拶を行ったHR後、早速元・1年5組の女子に囲まれ、質問攻めに遭う涼子。その輪の中にいながら、彼女の接近を認めると、涼子は視線を彼女に向ける。 「久しぶりやね、朝倉。」 【久しぶりね、朝倉。】 「お久しぶり、涼宮さん。」 周りを囲んでいた女子達も、彼女達の会話に注目している。 「急に転校して、あの時はびっくりしたで。あの日すぐにあんたのマンション行ってみたんやけど、もう荷物とか何もなかったわ。えらい引っ越しの手際がええなー思(おも)てた。」 【急に転校して、あの時はびっくりしたわ。あの日すぐにあんたのマンションに行ってみたんだけど、もう荷物とか何もなかったわ。やけに引っ越しの手際が良いなーって思ってた。】 涼子は答える。 「詳しいことはよぉ知らへんけど、会社の方で何もかも手配済みやったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりやったわ。おかげでろくに挨拶もできひんで。みんなごめんな?」 【詳しいことはよく知らないけど、会社の方で何もかも手配済みだったらしくて、わたしが学校行ってる間に、片付けは終わってたみたい。わたしもびっくりだったわ。おかげでろくに挨拶もできなくて。みんなごめんね?】 涼子は周囲の女子達を見回しながら謝罪する。予鈴が鳴ると、涼子は職員室へ向かった。 校長室で校長への挨拶等をしたり、職員室の応接室で教師達と談笑したりするうちに、昼休みとなる。そろそろ昼食を、と思うと同時に、応接室の扉が勢い良く開いた。 「朝倉ー! 一緒にごはん食べよー!!」 涼宮ハルヒはやっぱり涼宮ハルヒだった。後ろには、ネクタイを掴まれて引きずり回されたであろうキョンの姿もあった。 彼女達は外のベンチに陣取った。キョンは弁当、ハルヒと涼子は学食から持ち出してきた。 「ここの学食の料理を食べるのも久しぶりやわあ。」 【ここの学食の料理を食べるのも久しぶりだわ。】 涼子はしみじみと感想を述べる。ハルヒが答えた。 「残念ながら、全然味は美味しくなってへんけどね。」 【残念ながら、全然味は美味しくなってないけどね。】 涼子は、にこにこしながら言った。 「それにしても、涼宮さん。しばらく見いひん間に、結構変わったね。」 【それにしても、涼宮さん。しばらく見ない間に、結構変わったわね。】 「何が?」 きょとんとした顔で、ハルヒは答える。 「クラスの人とも打ち解けてるみたいやし、何より、表情が変わったわ。」 【クラスの人とも打ち解けてるみたいだし、何より、表情が変わったわ。】 「そうかな? よぉ分からへんけど。」 【そうかな? よく分かんないけど。】 「変わった変わった。前はすごかったんやで? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気やってんから。『SOS団』、やったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいんかな?」 【変わった変わった。前はすごかったのよ? まるで『寄らば斬る』っていう雰囲気だったんだから。『SOS団』、だったかな? 涼宮さんが作った部活。その活動が楽しいのかな?】 「まあ、楽しくない言(ゆ)うたら嘘になるかな。」 【まあ、楽しくないって言ったら嘘になるかな。】 ハルヒは、学食から運んできた日替わり定食の唐揚げを食べながら答えた。 「ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいねん。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。」 【ところで、キョンの様子が朝からずーっとおかしいのよ。あんたの顔を見てから、急に顔色が真っ青になって、何聞いても上の空で。】 それは間違いなく、涼子が原因。過去二回も、『彼』は涼子に殺害されかけている。そんな相手が目の前に現れたら、平静ではいられないだろう。 「何(なん)か心当たりある?」 「うーん、しばらくぶりに帰国した早々言われても……」 涼子は、困った顔をして答えた。もちろん理由については大いに心当たりがあるが、それを口にするわけにはいかない。 「あんたが転校する前に、キョンと何かあったとか?」 「えー、それはないと思うな。」 涼子はそう答えながらも、複雑な表情をしていることに、ハルヒは気付いていた。だが、その理由をこの場で問いただすことは何となく憚られたので、その点については触れないでおいた。 キョンは終始、憔悴しきった顔で無言を貫いていた。『彼』にはきちんと説明しなければならない。涼子はそう痛感した。『彼』の協力を得られなければ、任務は達成できない。 だが彼女が単独で、『彼』に接触して冷静に話を聞いてもらうことは、不可能に近い。『彼』にとって『朝倉涼子』は、完全に精神的外傷となっていた。 それに、ハルヒの周辺にいるのは、『彼』だけではない。朝比奈みくる、古泉一樹。未来人と超能力者の勢力からそれぞれ派遣された人員。彼らにも協力を要請する必要がある。 そのためには、まず派閥が違うとは言え、同類である宇宙人の勢力で話をつけておく必要がある。涼子は、別の派閥に属する対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスに通信を試みる。 『派閥が違うのは重々承知の上で、お願いするわ。喜緑江美里。協力を要請します。』 『このままでは、うちの派閥にとっても、ひいては情報統合思念体にとってもまずいことになりそうなので、わたしもできる限り協力しますよ。』 『感謝します。』 宇宙人勢力の協力は取り付けた。次は人間勢の協力が必要。 だが、三人同時にハルヒから離すことは危険。ただでさえ彼女は今、『朝倉涼子』の登場で興奮状態にある。そして『長門有希』は今、そばにはいない。どんな反応をするか、正確に特定できない。 (これまでの観測データによると……古泉くんの協力が得られれば、根回しが自然にできる……ふむ。) まずは古泉一樹と朝比奈みくる。二大勢力の協力を取り付けよう。そう考えながら涼子は、素うどんを食べ終えた。午後は忙しくなる。適当に授業の見学名目でハルヒを観測しつつ、江美里と打ち合わせを行わなければならない。 ←Report.11|目次|Report.13→
https://w.atwiki.jp/uekaramesen/pages/71.html
レビュアー 環 好きなキャラ 長門有希 朝倉涼子 喜緑江美里 好きなSSのタイプ 原作準拠であるかどうかに関わらず、とにかく「楽しい」作品。 苦手なSSのタイプ 特になし 無理なジャンル いじめ レビューしてきたSS 未記入
https://w.atwiki.jp/sosclannad9676/pages/74.html
情報統合思念体が生みだした端末であり、有機アンドロイド。 古泉一樹ら機関はTFEIと呼ぶ。 平たく言えば宇宙人である。 地球に送り込まれたインターフェースは長門有希のほかに、朝倉涼子、喜緑江美里などが存在する。 →派閥